魔道書物語
グリモワール

外伝2 : 日常のひとこま
〜これが日常って…そんなことないと思うんだけど?〜







 目の前に、焼け焦げた里が広がっていた。
 里を囲む森も、みんなが住んでる家も、そして…里のみんなさえも。
 途中で道を間違えて、違うところに来たのかとさえ、最初は思った。
 でも…
 どうにも否定の出来ない事実が、そこにはあった。
 元は綺麗だった、焼け縮れたカワセミ色の長い髪。同じ色の大きな翼は、左側は半ば焼けて、右側は根元から折れていた。この色の翼を持つのは、里ではたった2人しかいなかった。あたしと…
「おかあさんっ!」
 叫んで、駆けつける。あたしの声に対して何の反応も見せずに地面に転がっている、その変わり果てた姿のおかあさんの下(もと)に…
 あたしが里を離れていた、たった2〜3時間の間に、一体何が起こったの?
 ウェイは、フレンは、ソフィアは無事なの?
 そして何より…
 誰がおかあさんをこんな風にしたの?
 …でも正直なところ、今のあたしには、おかあさんが無事でいてくれれば、他の事なんてどうでもよかった。だからあたしは辿り着くなり、おかあさんを抱え上げ、その肩を揺さぶった。
「ねえ、おかあさん、返事してっ!」
 涙声になりながら叫んで、何度も揺さぶる。まるで、そうすればおかあさんが何でもなかったような顔で起き上がるかのように。
 でも、おかあさんから返事は返ってこない。揺さぶられるのに合わせて、力なく垂れた首が揺れる。
 信じられなかった。
 信じたくなかった。
 その思いが、ただあたしに、おかあさんを揺さぶらせ続けた。
「おかあさんっ!」
 もう一度叫んで、あたしは…

 あたしは、木の上から転がり落ちた。
 その鈍い痛みが、あたしを眠りから覚ます。
「…あれ? あたし…?」
 まだぼやけた頭で辺りを見回す。焼け焦げた里なんて、どこにも見当たらない。
 周りを木に囲まれた、少し開けた場所。その真ん中に湧き出る泉。他よりも背の高い木が1つ、あたしの後ろで腰を据えている。ただそれだけの、何の変哲も無い森の中の景色が、そこにあるだけ。
 …あたしは、何でこんな所に居るんだろう?
「おはようございます、ラティ。どこも痛くないですか?」
 いたわるような、優しい…聞き覚えのある声。
「フォート?」
 それであたしはやっと気付いた。あれは、フォートと出逢う前の事。つまり…
「夢…だったんだね…」
 フォートに、というよりは、自分に言い聞かせるように呟いた。でも、それが夢じゃなかったことは、3年経った今でも、どうにも忘れがたい事実だった。
 思い出しながらも、まだぼぉっとしてると、不意にフォートが声をかけてきた。
「ラティ、顔に土が付いてますよ」
「えっ?」
 慌てて顔を手で擦り…頬が濡れているのに気がついた。でも、土は付いてなかった…むしろ、今ので顔に土が付いたくらいだ。
「顔を洗ってきなさい。その後で、朝食にしましょう」
「…うん」
 多分…フォートは気付いてたんだと思う。もしかしたら…ううん、もしかしなくても、今あたしがどんな夢を見ていたのか気がついて…それで、わざと土の付いた手で顔を擦らせるようにして、そうだったことにしてくれたんだ。
 だから、あたしもそういうことにして、すぐそばにある泉へと足を向けた。
 もう春も近くなってはきたものの、泉の水はまだ冷たい。顔を洗ったら、いっぺんに眠気が覚めた。もうさっき見た夢の事は考えないことにしよう。
 気分を換えて、それから空に…今はもう居ないおかあさんに向かって、ぐっと胸の前で拳を握り、誓いを立てる。
「今日も1日、がんばるよっ」
 これは、あたし自身に元気をつけさせる、おまじないみたいなもの。あの夢を見た後には、必ずこうすることにしてる。
 それが済んだところで、あたしはフォートのそばへ戻っていった。
 もう朝食の準備は整っていて、地面に敷かれた防水布の上に、綺麗にお皿が並べられていた。
「ラティ遅ぇぞ、何やってたんだ?」
「ん〜、ちょっとね〜」
 いつもの調子で声をかけるリプトンに、あたしもいつもの調子で応える。
 籐製のバスケットには、一番近い街まで4日はかかるこの場所でどうやって仕入れたのか、『今焼き上げたばかりです』って言わんばかりのパンが入っていた。小さなお皿には、キノコと食用トカゲ肉が入ったサラダ。真ん中の大きなお皿には、川魚が香草風味でソテーにされているのが幾つも…きっと殆どがリプトン用なんだろうなぁ。
 それよりも、このパンのことが気になった。
「ねえフォートぉ…」
「何ですか、ラティ?」
 あたしの問いかけに、やっぱりいつもの調子でフォートは返事をする。
「昨日リプトンが食べたので、パンはなくなったんじゃなかったの〜?」
「ええ、なくなりましたね」
「じゃあ、それって…どうしたの〜?」
「私が焼いたんですが」
 それがどうかしたんですか?って調子で、フォートは平然として言う。
「…フォートって、パンまで作れるの?」
「材料さえ揃えば、割と簡単なんですよ? …それより今までのパン、ずっと私が焼いてたんですが…気付きませんでしたか?」
 …気がつかなかった。他の料理をフォートが作ってるところは何度も見てるけど。…でも、いつのまに作ってたんだろ?
「朝、魔道書の研究をしているついでにですよ…あ、逆ですね、パンを焼いてる時間を使って、魔道書の研究をしてるんでした」
 あたしの考えてることが分かったのか、訊く前にフォートが答えてくれた。こういう時のフォートはすごいのにね〜。
「そんなことより、いただきましょう。さっきからリプトンが待ってますから」
「まるで俺が食い意地張ってるみてぇじゃねぇか」
 反論するリプトンに、
「事実でしょう?」
「そ〜だよねぇ〜♪」
 フォートとあたしは追い打ちをかける。
 一部例外があるけど、ささやかな朝食はこうして始まった。


 食事の後は、腹ごなしも兼ねて特訓。
 以前フォートとリプトンが、街の近くで特訓をして、『何の騒ぎだ?』って、街から人が駆けつけて来た事があったみたい。わざわざ街から4日も離れた場所に拠点を構えるのは、『街の人に気兼ねなく特訓できて、それでいて何かあったら、すぐに街に戻れるようにするため』だって、フォートが言ってた。
「さて…準備はいいですか、リプトン?」
「おう、こっちはいつでもいいぜ!」
 少し離れた場所で準備運動を終えたリプトンが、フォートに合図する。
「今日は速度を7割にしてみましょうか」
「なにっ? いつもは5割じゃなかったか?」
「その分数を減らしますから大丈夫ですよ。衝撃もいつも通り最小限に設定しますから…ちょっとバチッとくる程度です」
「そうでなかったら当たった時俺が死ぬだろうがっ!」
「では、行きますよ」
 フォートは、『リプトンの反論なんか聞く耳持ちません』って感じで、さっさと魔法の詠唱を始めた。

  其は黄昏より出ずる光
  其の行きつく先もまた黄昏なり
  法(のり)に従いて其の身を焦がし
  疾風(かぜ)の如く駆け抜けよ

虹晶疾走(プリズマティック・シュート)
 いつもみたいに、フォートの頭の上に眩く光る球体が現れて…そして、いつもは10の破片になるところが、今日は6つに散った。その光の条(すじ)も、いつもよりも遅い…けれど、それでも普通の人にかかったら、反応する間もなく額を貫かれているにちがいない。
 6つの光条は、それぞれ時間差をつけながら、リプトンへと殺到する。そのリプトンはというと、抜き放ったブレードを右下段に構えて、深く腰を落として精神集中している。いつものことだけど、目までつぶって…大丈夫かなぁ?
 そこからは、まるで一瞬の出来事みたいだった。
 リプトンに最初の光条が届くまであと5m。
「アーマッド流…初等奥義…」
 リプトンが何か呟いて…そこで、今まで閉じていた目をかっと開く。
氷狼疾駆(フェンリル・ドライヴ)っ!
 叫ぶのと同時に、それまで全く動かなかったリプトンが、ちょっと信じられない速度で駆け出した。フォートが軽速補翼をかけたときよりは遅いけど、それでも普通の人の全力疾走なんて比べ物にならないくらい速い。
 殺到する6つの光条に、リプトンは真正面から飛び込んで…すれ違いざまに、その光条をブレードで叩き落とした。光条とリプトンの相対速度を考えると、とても信じ難い反射速度だった。
 リプトンは1つ、2つと光条を叩き落としていき…5本目を叩き落とした後、何か…リプトンに動揺みたいなものが感じられた。ブレードが宙を泳ぎ…そこに6本目が容赦なく襲い掛かる。
 ばちっ! …っという破裂音。
 リプトンが顔をしかめている。見ると、最後の光条が当たった場所…左肩に裂傷が出来ていた。
「リプトン、大丈夫っ?!」
 思わず駆け寄るあたし。でもフォートは、
「あれ? ちょっと威力が強すぎましたか?」
 とか、割と呑気に近づいてくる。
「お前…虹晶疾走と俺の相対速度を計算に入れてたか?」
「あ…」
 …やっぱり。フォートって、いつも何か失敗するんだよね〜。
「…しかし、これくらいでなければ特訓とは言えませんし」
「お前なぁ…」
「読みきれなかった貴方にも責任はありますよ、リプトン?」
「う…いきなりいつもの4割増しで読みきれるかぁっ!」
「読みきってもらわないと困るんですよ。ほら、次行きますよっ! 其は…」
「うゎ…フォート、ちょっと待てっ!」
 と、フォートは急に詠唱をやめて、今の特訓に見とれていたあたしに叱責する。
「ラティ、貴方も早くそれを使えるようにしておくんですよ。ただの飾りじゃないんですからね」
「う………は〜ぁい」
 左手首につけた2つのブレスレットが、しゃらんっ…と、軽い音を立てる。
 契約してから今日まで、これといった進展が見られないこのブレスレットは、フォートの見立てでは、どうも武器として使用できるみたい。けど、それを使いこなせなければ、フォーとの言う通り、ただの装身具でしかない。
 あたしの能力が足りないのか、それとも相性が悪いのか。
 …でも。
『契約できたってことは、貴方との相性はいい筈ですよ』
 …って、フォートも言ってた。だったら、あたしが頑張るより他はない。
 あたしは、いつものようにそのブレスレットに意識を集中しながら、始動言語(アンラッセン)を紡ぎ始めた…

  光と闇を以て 対(つい)成す双輪
  我が呼びかけに応え 其の力を示せ


デュアル・ヘイロゥっ!

 …。
 ………。
 ……………。
 …何も起こらない。
 2つのブレスレットは、依然としてあたしの左手首で、涼やかな音をたてているだけだ。
 …何が足りないんだろ?
 あたしは続けて何回も始動言語を試してみるけど…それでもやっぱりブレスレットはブレスレットでしかなかった。
「フォートぉ〜…」
 あたしは思わず情けない声を出してフォートを呼んだ。
「何ですか、ラティ?」
「やっぱり〜、何も起こらない〜」
「…仕方ないですねぇ」
 フォートはひとつ溜息をつくと、
「リプトン、ちょっと待っててくださいね」
 何故か全身傷だらけのリプトンにそう言って、あたしのところに歩いてきた。でもフォートは、あたしの顔を見るなりその足を止めて…あたしがよほど困った顔をしていたのか、苦笑を浮かべて見せた。
「…ラティ、もう一度試してみてもらえませんか?」
 苦笑したまま言うフォートに、あたしは、
「うん…やってみる」
 答えて、もいちど始動言語を唱え始める。

デュアル・ヘイロゥっ!

 …。
 ………。
 ……………。
 …やっぱり、なんにも起こらない。
「…フォートぉ〜、やっぱりだめだよぉ〜」
 自分でもそう思うくらいに情けない声を上げているあたしに、
「う〜ん…」
 フォートは少し考えて言った。
「多分…貴方がまだ、それを心底必要としてないんでしょうね」
「? …よくわかんない」
「まあ、何かきっかけがあれば、使えるようになるとは思いますが…」
 …きっかけって何だろ?
「どうもこれ以上は期待できそうも無いですから、今日はここまでにしましょう」
「え? もう終わり?」
 それじゃあ、これからサカナ釣りでも…
「その代わり、槍と、滞空時間を長くする練習をしておきなさい」
「あはははは…は〜い」
 読まれてたか。


 特訓は、昼食をはさんで夕方まで続いた。
 フォートは、ずっと魔法を撃ちっぱなし。
 リプトンも、生傷を作りながら、ひたすらそれを打ち落としていた。
 あたしはというと、まずひたすらジャンプして、できるだけ長く空中にいられるようにする練習。
 でも、ひとくちに滞空時間を長くするって言っても…フォート、それって難しいんだよ? いつも同じだけ空中にいられる訳じゃないし、今日みたいに、風が大人しい日は尚更難しいんだよ?
 翼のはばたき方とか、ジャンプ力とか、色々試してみたけど…なんだか、いつも通りやってるのが一番長いような気がする。でもそれ言うと、『まだ練習が足りません』とか言うんだろうな、きっと…はぁ。
 せめて、もうちょっと風があったら、もっと長い間空中にいられるのに…なんだか、今日の風は意地悪。それでもあたしは、色々と試しながら跳んだ。今はそれくらいしか出来ることは無かった。
 やがて。
 フォートの「今日は終わり」っていう宣言がかかる頃には、もうみんな疲れ果てていた。
「ふぅっ、今日は特別に疲れたなぁ」
 リプトンが、どかっと腰を落としながら言う。
「うん…あたし〜、もう動けない〜」
 あたしも、地面にべたっと寝転びながら、リプトンと同じような口調で言う。
「ラティ、今は妙に気が合うな」
「そうだね〜…でも、それもヤだなぁ〜」
「お前、そういう事…普通言うか?」
「ヤなもんはヤだもん〜」
 とか、リプトンをからかいながらぐてっとしていると、
「…そろそろ、夕食の支度に入りましょうか」
 と、フォート。でもこれに、リプトンが反発した。
「支度って…昼の残りがあったんじゃねぇのか?」
 うん、確かにあったけどね。
「ラティと私はそれで充分ですが、リプトン…貴方はそれで足りますか?」
「う…」
 そぉだよね、リプトンがあれだけで足りる訳ないもん。
「リプトンは適当に食べられるものを獲ってきて下さいね」
「でもよ、あの特訓で相当へばってるんだぜ?」
「そうか、疲れているのか。そいつは好都合だ」
 突然の声に振り返ってみると、そこには…何て言うか、人相の悪いっていうか、ガラの悪いっていうか…いかにも『悪い事してますっ!』って顔をした2人組が立っていた。
 片方は痩身で、なんだか妙に背が高い。フォートよりも高いかもしれない。声をかけてきたのはこっちの方だ。もう片方はリプトンくらいの背丈で、リプトンほどじゃないけど(リプトンと比べたらかわいそうだ)、けっこうがっしりした体つき。でも丸顔のせいか、ちょっと太ってる感じがする。
 でも、そんな人たちが、どうしてこんなところに? あたしたちみたいに特訓しに来たような格好じゃないし…もしかして、暇なのかなぁ?
「…フォート、こいつら何だと思う?」
「旅人専門の賊…でしょうね」
 …賊?
「やっぱりそう思うか?」
「それ以外に有り得ませんね」
 ちょっと…2人だけで納得してないでよぉ〜。
「ねぇ…賊ってなに?」
 あたしが袖を引っ張って訊くと、フォートは解りやすく答えてくれた。
「芸の無い泥棒のことですよ」
「なんだ、ドロボーさんか」
「言ってくれるじゃねぇか」
 でも、そのフォートの答えにちょっと機嫌を悪くしたみたい。ドロボーさんたちは頬をひくひくと痙攣させながらにじり寄ってきた…ううっ、ヤだなぁ。
「…だが、まあ許してやる。俺は心が広いからな」
 意外に話せるのかな、もしかして?
「ただし、それも有り金を全部出したらの話だ」
「…ほら、芸が無いでしょう?」
「…ホントだね〜」
 なんだか、感心しちゃうくらいに芸が無いよ。
「しかも弱いんですよ、この手の輩は。…リプトン、今の調子でどうですか?」
「左手だけでも勝てる…って、んなこと訊くなよ」
 リプトンのあまりもの自信に、2人はちょっと鼻白んだみたい。でもすぐに気を取り直して、痩身の男の方が息巻いた。
「ふ…ふんっ、そんな強気なことを言ってられるのも今のうちだぜ!」
「そうだ、こっちには先生がいるんだからなっ!」
 丸顔の方もそれに続く。
 それでも…もちろんフォートたちは、そんな事には動じない。
「…ここまで型通りだと、むしろ憐れみさえ覚えますね」
「他力本願ってヤツだな。でも俺も面倒くせぇなぁ…フォート、後は任せた」
 リプトンこそ他力本願じゃん。
「何言ってるんですか、リプトン? 人の3倍以上食事を摂ってるんだから、こういう時くらい役に立ってくださいよ」
「まるで俺がいつも役に立ってないみてぇじゃねぇか?」
 役には立ってるけど…ねぇ?
「食いぶちの割には働きが少ないんですよね、貴方は。」
「ときどき、あたしの分まで取るしね〜」
 さすがにこのひとことは効いたのか、
「う………分かった、やる…」
 リプトンはなんだか弱弱しく頷いて、ずいっと一歩踏み出した。
 それに合わせたような形で、2人組は同じだけ一歩下がる。
 リプトンが踏み出す。
 2人組が後退りする。
 ……リプトンが踏み出す。
 ……2人組が後退りする。
 …………リプトンが踏み出す。
 …………2人組が後退りする。
 そんなことを延々と…20回くらい繰り返して、いい加減あたしも見てるのに飽きてきた時に、痩身の男の方が叫んだ。後ろに…森の陰になった方に向かって。
「せ…先生、後は頼んだぜっ!」
 最初からその辺りに隠れていたのか、先生って人のものらしき声が、森の陰から聞こえてきた。でも…
「先生って…いいように扱き使ってるだけじゃないですかぁ〜」
 …なんか、先生って割には弱腰な物言いだなぁ。
「うるせいっ、いいからさっさと出て来いっ!」
「わ、わかりましたよぉ〜」
 …ホントに先生なのかな?
 でも、その声を聞いて、リプトンの動きが止まった。気配を察して恐怖感が芽生えた…って感じじゃない。なんていうか、今のリプトンから感じるのは…そう、脱力感。
「この聞き覚えのある声は…まさか?」
 なんか、特訓の時より更に疲れたって声。どうしたのかな?
 でも、それよりも気になるのは、リプトンの今の言葉。確かに『聞き覚えがある』って言ってた。じゃあ、リプトンはドロボーさんと知り合いってこと?
 とか考えてるうちに、その声の主…先生が木の陰から姿を現した。
 背丈とか体格は、フォートと同じくらい。髪は…人間にしては珍しい緑色(ジェイド)。なんだか、見るからに情けなくて頼りないって感じの顔立ちをしてる。
 手に持ってる分厚い本は…どうみても魔道書。でも、フォートとは違って1冊だけしか持ってない…そういえば、魔道書を何冊も持ち歩いてる魔法使いって、フォート以外に見たことないなぁ。
 それはともかく。
 姿を現したその『先生』をひと目見たとたん、
「やっぱり…」
 フォートが額を抑えていた。今気がついたけど、よく見たら、フォートもリプトンと同じような…疲れきった顔をしていた。
 …それから2人揃って、
「「ウェッジウッド!!」」
 殆ど叫んでいた。
「…っ! リプトンじゃないかっ! それに…フォートもっ!」
 …やっぱり知り合いなのかな?
「それはいいですから、何やってるんですか? こんな人たちと一緒になって」
「ほう、知り合いか。それならちょうどいい、そっちの3人からも金を徴収するとしようじゃねえか」
 …そうじゃなくても奪おうとしてたくせに。
「徴収? …ウェッジウッド、貴方今度は何をやったんですか?」
「借金の保証人になったら、その借金した人が逃げちゃって…」
 あ、フォートが呆れた顔してる…
「それで、ボクもそんなお金ないから、こうやって返済するように強要されてるんだよぉ〜」
「貴方って人は、まったく世話の焼ける…ウェッジウッド、その借用人はどんな顔つきをしてましたか?」
 そのウェッジウッドって人は、腕を組んで、首を横に傾げて…その状態で少し考え込んでから、ぽつぽつとその特徴を言い出した。
「こう、丸顔のくせに鼻が高くて、口元はいつもきゅっと結んでて…目元はサングラスかけてたからちょっと分からないけど…」
 フォートは、『やっぱり』って顔で深く溜息をついた。
「その左側の男が、遮光器をかけたらどうなります?」
 遮光器って…フォート、普通はサングラスのことを、そんな風に言わないよ?
「え? …あっ、フォックスさんっ?!」
 フォックスぅ? 外見と全然合わない名前だなぁ。
 …それよりも、それくらいの変装だったら、普通気づくと思う。
「フォックス? そりゃ誰のことだ?」
「スターブリードさん、あなたのことですよ!」
「似てるだけだろ?」
 あ、シラをきるつもりだ。ウェッジウッドって人には、スターブリードって名乗ってるんだろうな、多分。でも、フォックスでもスターブリードでも、ヘンな名前には変わりないよね。
「それよりお前、自分の立場も忘れて、よく俺にそんな疑いをかけられるな?」
「だって…そっくりじゃないですか! 声まで同じですよ?」
 ここまで言うからには、人違いってことは無いと思う…けど…
「まだ言ってるのか…終いにゃあ、俺たちも怒るぜ?」
「あくまでシラをきるつもりですか…仕方ないですね。リプトン、動けない程度に懲らしめてあげましょう。その後はウェッジウッドがやってくれますから」
 え? 後はやってくれるって…どういうことだろ?
「ほう、本気で俺たち2人に、左腕1本で勝てるっていうのか?」
 あの条件って、まだ生きてたのか…やっぱ図々しいな、この人たち。その上、2人とも両手にカタールなんて装備してるし…
「スターグさん、止めて下さいっ! …絶対に敵いませんからっ!」
「何だと? お前は黙ってろっ!」
 声を荒げて、スターグって呼ばれた痩身の人がおもむろに振り返って、ウェッジウッドさんを蹴り飛ばした。ウェッジウッドさんは、そのまま真後ろにあった木まで吹っ飛ばされて、強かに背中を打ちつけた…うぁ、ひどいことするなぁ。
 それからスターグって人はリプトンに向き直った。
「自信過剰な発言を、あの世で後悔するんだなっ!」
「行くぜっ!」
 フォックスって人もひとつ吼えて、2人組は動き出した。左右に別れて、リプトンを挟み撃ちにするつもりみたい。だけど…これじゃあ、ちょっと動きが遅すぎる。
 リプトンは2人を充分に引きつけてから、
 すっ…
 っと後ろに下がって、それをやりすごした。
 危うく正面衝突しそうになる2人組。
「うぉっ、危ねぇっ!」
「テメェ、避けるなっ!」
 …なんて勝手なこと言ってるし。
 で、そこでまた二手に分かれればいいものを、そのまま2人揃ってリプトンに突っ込んで行く…まるで素人。確かにこれなら、リプトンも左手だけで足りるかな?
 そのリプトンはといえば、2人が体勢を立て直して、揃って突っ込んでくるまでに充分に間合いを取って…例によって深く腰を落とした構えを取る。
 少しの間、精神集中…
「アーマッド流…初等奥義…」
 呟いた次の瞬間、
氷狼疾駆(フェンリル・ドライヴ)っ!
 叫ぶのと同時に、爆発的な速度でスターブリード…丸顔の方に肉迫していた。
 スターブリードはその速度に反応できなかったみたいで…カタールを突き出す間を与えられる前に、リプトンの左拳を両方の鎖骨に受けていた。
 骨の折れる音…っていうより、これはもう砕けてるって感じの音…が、森の中に響いた。スターブリードが痛みに声を上げるその前に、リプトンはもうすでにスターグ…痩身の方の目の前に移動していた。
 さすがにスターグは、スターブリードよりも時間があった分それに反応できたみたいで、両手に持ったカタールを、左右からリプトンへ振り下ろした。
 …けど、リプトンはそれよりも速かった。瞬く間に、スターグの両手を、左、右の順に外側に弾き飛ばす。そして、ガラ空きになった体に…スターグがその目を剥く暇も与えずに、胸の中央に思いっきり左拳を叩き込んだ。
 スターブリードの時から殆ど間を置かずに、胸骨の砕ける音が、森に響き渡った。
 続いて、森に吸い込まれていく2人の絶叫。それに対してリプトンは、呼吸を荒げている程度で、涼しい顔をしていた。多分、今息が上がってるのも、特訓の後だからで、普段の状態でやったら、呼吸も乱れていないに違いない…それにしても、ホントに左手だけで勝っちゃったよ。
 更に次の瞬間、あたしにとってはかなり意外なことが起こった。
 2人の絶叫を聞いたウェッジウッドって人が、
「スターグさんっ! スターブリードさんっ!!」
 って、すごく心配しているって感じで、2人の方に駆け出したんだもん。
 それから2人の様子を見て、
「…っ、大変だ、早く治療しないとっ!」
 なんて言ってるし。騙されてたっていうのに…何て言うか、お人好しなのかな、この人?
 でもこの人、見たところ治療器具みたいなのは持ってないよ?
 と、ウェッジウッドって人は、ここでおもむろに、手にした魔道書を開いた。
 それからすぐに、流れるように口から紡ぎ出される詠唱文…

  混沌の海より出でし
  生じては消ゆる根源の力
  其の強き望み より強くして
  在りし姿 取り戻すべし

 この魔法は…聞き覚えがある。いつもあたしが怪我したときに、フォートがかけてくれる治癒の魔法。でもこれって、怪我はすぐ治るんだけど、その後すっごく疲れるんだよね〜。おなかも空くし…。フォートは、『体が傷を治す力を助けているだけだから』って言ってたけど、そーゆーもんなのかな?
瞬癒(ゲネーゼン)!
 …そう、これで魔法がかかると、骨が折れるくらいの怪我だから2分くらいで治っちゃう筈…なんだけど…
「ぎゃんっ!」
 …なんか、魔法をかけられたスターグって人は、犬が蹴飛ばされたときに上げる悲鳴みたいな声を上げていた。よく見ると、口から泡を吐いて…気絶してる?
 あたしが「なんで?」って顔をしてると、フォートがすぐに説明してくれた。
「ウェッジウッドは特異な能力の持ち主でして…傷を癒す系統の魔法を使うと、本来とは逆の効果を発揮できるんですよ」
 それって…今負っている傷を余計に深くするってこと?
「…しかも、本人はそのことを知らないんですよ。何回あの魔法を使っても、それで治っているものだと思ってるんですよ」
「………」
 …あとはウェッジウッドがやってくれるっていうのは、そーいう意味だったのか。
 そう言ってる間にも、
瞬癒(ゲネーゼン)!
「ぐぁっ!」
 スターブリードって人にも魔法がかかって…気絶した。治癒の魔法の筈なのに…
「それにしても…3年も経ったのに、まだ気付いてないんですね」
「ありゃあ、死ぬまで気付かねぇだろうな」
「そうですね」
「って、何落ち着いて話してるの〜っ?」
「賊が始末出来たのですから、何も問題無いじゃないですか?」
「そ…それはそうだけど〜」
 …でも、いいのかなぁ?
 あたしたちがそんな事を話している横では、
「スターグさん、スターブリードさん、もう大丈夫ですからねっ!」
 とか、ウェッジウッドって人が必死に気絶した2人に声をかけていた。
 …大丈夫じゃないんだってば。


 あたしたちは今、熾した火を取り囲んで、夕食にありついていた。
 リプトンがいつも通り、どこからか狩ってきた大型の食用トカゲ。
 あたしが槍で獲った川魚。
 それから…ウェッジウッドが摘んできた山菜。
 結局、フォートはそれを使って、6人分の食事を作ることになっていた。フォートも「5人分も6人分も大して変わらないからいいですけどね」とかぼやいていたけど、どこか嬉しそうに料理してた。
「うん、久し振りに食べると、フォートの料理はおいしいね」
「…では、いつも食べてるとマズイとでも?」
「あ…そういう意味じゃなくって…」
「ふふ…冗談ですよ」
 こういう会話を聞いてると、ああ、このウェッジウッドって人も仲間だったんだなぁって思う。…でも、何で別れたんだろ?
「…にしてもウェッジウッド、お前、あの頃からぜんっぜん性格直ってねぇんだなぁ」
「大きなお世話だよ、リプトン。キミだってそうじゃないか」
 …確かに、3年経ってもリプトンはちっとも変わってない。
「お前よりはましだよ」
「…そうですかねぇ?」
 そのやりとりを聞いていたフォートのつぶやきに、
「あ、フォート、何だよそれ?」
 リプトンが食ってかかる。でもフォートは何食わぬ顔で、
「さて…ね?」
 と、あたしに同意を求める視線を送ってきた。それを見て、あたしはつい笑ってしまう。リプトンがそれに気付いて何か言おうとしてきたけど、ちょうどそのとき、ウェッジウッドがうまく話題を変えてくれた。
「それにしても、フォート」
「…何ですか、ウェッジウッド?」
「いつのまにこんなカワイイ娘と一緒に旅してたんだ?」
 カワイイだなんて…正直だなぁ、この人。
「まあ…ちょっと訳ありでして。貴方と別れた少し後でしたか…ね、リプトン?」
「ん〜…まぁ、ちょうどそのくらいだな」
 じゃあ、あたしと入れ替わりだったってことかな?
「ふぅん、訳ありか…まあ、それじゃないと説明が付かないからね」
「何の説明だよ?」
「リプトンって、女の子を旅のお供にするの、すっごく嫌ってたじゃん」
 …そうなの?
「そ…それよりウェッジウッド、例のことはまだ解決してねぇのか?」
 リプトンが慌てて話題をそらした。昔何かあったのかな?
 …それより、例のことって何だろう?
「まだだね。途中で変なことに巻き込まれたから、尚更だよ」
「変なことって…これのことですか?」
 と、フォートは後ろに目を遣りながら、ウェッジウッドに訊いた。そこには、縛り上げられた2人の賊…スターグとスターブリードが転がっていた。傷のほうは、あれからフォートがこっそりと魔法で癒してたみたい。
「うん…そのお陰で半年くらい無駄にしちゃったからね」
「半年ですか…」
「まあ、そうでなくても、ぜんぜん進展なかったんだけどね…あはははは」
 って、何かヤケ笑いしてるウェッジウッドに、
「何と言うか…貴方らしいですよ、それって」
 フォートは溜息をついていた。
「…で、こいつらどうするんだ?」
 2人の賊の話が出たところで、リプトンがいかにも邪魔そうな目でそれを見ながら切り出した。でもその通りで…確かに邪魔なんだよね〜。
「早いうちに、近くの街の衛視に引き取ってもらった方がいいですね。こんなの引き連れて歩いても厄介なだけですから」
 こんなのって…フォート、時々言い方がキツイよ。
「近くの街って…確か、4日くらい歩くんだろ? ウェッジウッド1人で運べるのか?」
「スターグさんとスターブリードさんにも歩いてもらわないと無理だよ。それに、衛視に突き出す何て言って、大人しくついて来てくれると思う?」
 …思わない。
「まあ、街までは私たちも付き合いますよ…そろそろ料理の材料も無くなって来ましたし、ここでの特訓も、ある程度成果が出ましたからね」
 フォートはそれに続いて、『ラティはぜんぜんですけど』なんて小声で付け加えたけど…聞こえたゾ、しっかりと。
「ありがとう、フォートが一緒だと心強いよ」
「俺はどうなんだよ?」
「リプトン? …まあ、期待だけならしといてやるよ」
「テメェ…」
 1人リプトンだけが不機嫌な中、あたしたち3人は大声で笑っていた…やっぱりリプトンって、こういう扱いなんだね。
 それからとりとめも無い話が続いたけど…あたしたちが疲れて眠ってしまったのは、それからすぐの事だった。


 ともあれ、こうしてあたしたちは、次の街…ハーブで有名なロズウェルの街へと向かう事になった。
 でも…
 その後に待ち受けていることを、あたしたちは…まだ知らない。






魔道書物語 グリモワール 〜光闇の魔道書〜
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魔道書物語 グリモワール 外伝
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