魔道書物語
グリモワール
〜 光闇の魔道書 〜
第5話 : 遺跡へ…






 今までのガティマの言動を振り返ってみると、どうも私たちに過剰な期待を寄せている節がある。このままの流れでは、「引き受けて下さるんですね、宜しくお願いします」で、全ての話が終わりかねない。やはりそれでは、私たちに都合が悪いどころか、今後のガティマのためにもならない。
 私は、まずはこう切り出してみることにした。
「失礼ですがガティマ氏、貴方は今までに斡旋所に仕事を依頼したことは?」
 斡旋所というのは、依頼主からの様々な依頼を一手に引き受け、私たちのような旅の者に対し、その仕事を紹介する施設のことだ。性質上、人が集まりやすい場所…宿や酒場で兼業していることが多い。
「斡旋所ですか? 今までに何度もありますが」
 いや、そんなことは無いと思うのだが…と、そこで思い直し、私は再びガティマに訊くことにした。
「…訂正します。貴方自身が斡旋所に仕事を依頼したことは?」
「いえ、いつもは事務の者にやらせているので、私自身では依頼したことはありませんが…それが何か?」
 …やはりか。
 私はひとつ溜息をつき、ガティマに向かって説明を始めた。
「通常こういったことは、依頼主がその仕事について、色々な条件を出してくるものなのです。例えば『卵を10個配達、卵は絶対に割らないこと、制限時間は正午まで』といった風にです」
 ガティマは、私の説明にただ頷いている。
「ところが、今のガティマ氏の場合だと『遺跡に行って来てくれ』と、ただそれだけです。この条件では、私たちが遺跡まで往復すれば、依頼を達成したことにさえなり得るのですよ」
「いえ、常識的に考えてそんなことは…」
 戸惑いの表情を顔に浮かべつつも口を挟んでくるガティマに対し、
「あるんですよ、実際」
 私は冷たくひとこと言ってのけた。ガティマが驚愕で口をぽかんと開けているのを見ながら、私は話を続けた。
「もちろん話の流れで、だいたいのことは解ります。それに、私たちもそんな悪質な事は間違ってもしません。しかし、話がだいたい解ったとはいえ、まだ肝心なところは私たちには解らないのです」
「肝心なところ、ですか?」
 何やら不安げな表情でガティマ。…いや、脅してる訳でもないのに、何もそこまで不安になる必要はないのだが…
 非常にやりにくいものを感じつつも、私はガティマの問いに答えた。
「仮にガティマ氏自身が遺跡に行った場合、貴方はそこで何をするつもりなのか、ということです。ガティマ氏の代理で行く以上、それを知っていなければ、私たちには何も出来ないのです」
「…なるほど、そういうことでしたか」
 ここまできて、ガティマもやっと納得がいったようだった。しかし…手間のかかる人だ。そして、話が解ったとなると、
「まず第一に考えて…」
 と、間を置かずに話し始めた。そのまま一気に全てを話し切りそうな雰囲気を感じ取り、
「ま、待って…待ってください!」
 私は慌ててガティマを止めに入った。怪訝そうな表情を浮かべるガティマに、
「依頼条件は1つずつ、詳しく話してください」
 私は、噛んで含めるように言い聞かせるのだった。

「私が第一に考えているのは、何よりもサントゥスを説得することです」
 丁度運ばれてきた薬草茶(気分を落ち着かせる効果がある)をひと口飲み、ガティマはそう話し始めるのだった。それを聞いた私は、また随分と難しい注文をしてきたものだと思いながら、思ったことをそのまま口にした。
「しかし、サントゥス氏は恐らく、貴方がたが追放処分を下したことに根強い怨恨を持っているはずです。貴方がたの説得に応ずるとは、とても思えないのですが…?」
 わかっています、とガティマは答え、続けた。
「追放処分にしたとはいえ、私たちにとって、サントゥスは…やはり失うには惜しい人材なのです。『心を入れ替えて再び研究に臨むのならば、ラボにはサントゥスを迎え入れる用意がある』と、そう伝えて頂きたいのです」
「恐らく無理だとは思いますが…伝えてはみることにしますよ」
 ガティマのその希望は、まさに字の如く希な望みであることは間違いないだろう。そう、私の考えが正しければ、それは別の意味でも不可能なことなのだから…。
 私の横では、リプトンが薬草茶を口に運びつつ、2、3度うなずいている。長く共に旅をしただけあり、恐らくリプトンも、それに気付きつつあるのだろう。
 ガティマは、そんな私たちの様子を、何か心配事でもあるような(いや、実際心配事など山ほどあるんだろうが)目つきで見ていたが、もちろんこれで依頼内容が終わりという訳ではない。再び薬草茶に口をつけたガティマは、
「次に、サントゥスが持ち去った冥魔召喚の書のことです」
 と、また厄介そうなことを話し始めた。冥魔召喚の書についての話は出てきて当然であり、私としても予想の範囲内ではあったが、もしこれを持ち帰って欲しいとかいう依頼になると、私はあまり受けたくは無かったのだが…
「ラボとしては、これを処分していただきたいのです」
「処分? 破壊するんですか?」
 予想に反したガティマの依頼に、私は多少の驚きを伴った声で口を挟んでしまった。しかしガティマはそれを気にした風でもなく、単純に私からの質問と受け取ったようだった。
「破壊するのが一番いい方法なのかもしれません。一研究員としては多少惜しい気もするのですが…こういった事態になってしまった以上、元のように封印するだけでは、また同じことが起こらないとも限りませんからね」
 ガティマにしては、意外にもしっかりと考えているようだ。いや、一組織の上に立つ者ならば、このくらいの考え方が出来なければいけないのだが…
「しかし、破魔の杖(ロッド・オブ・キャンセレーション)が無い以上、現状では封印するしか方法がありません」
 破魔の杖というのは、魔力を帯びた対象(主に魔道具足)の魔力を無効化することを目的とした杖で、フォション朝の頃に大量に作られたとされている。しかし、その杖1本の使用可能回数は少なく、現在発見されている破魔の杖の数も、文献などから推測される残存量よりも、かなり少ない。
 処分と聞いたときに、まさかガティマ(若しくはラボ)が破壊の杖を所有しているのではと、多少なりとも期待したのだが…やはりそんなことはなかったらしい。
 ガティマの言い方から察するに、封印する方法はあるようだ。このラボのような施設では大概、危険と判断された魔法書や魔道具足などを封印するため方法を幾つか備えているものなので、それは間違いないだろう。
「まあ…持ち帰ることが出来たならば、封印の作業はお任せします」
 私はその可能性も有り得ないだろうと思いつつも、そう返した。
「あと…」
 少し言い淀みながら、ガティマは言葉を付け足す。
「遺跡には恐らく多数の冥魔が召喚されていると思います」
「それはそうでしょうね」
 サントゥスが冥魔召喚の書を持って遺跡に向かったのならば、そう考えるのが妥当というものだろう。
「これを殲滅、若しくは遺跡から出られないようにしていただきたいのが、3つ目の…最後の条件です」
「殲滅って…全部ですか?」
 無言で頷くガティマ。思えば先ほども、淵猫(トランペルン・カッツェ)1体相手に、街の魔法使いたちは、有効な手段を何一つ講じられていなかった。まあ、攻呪防膜(ラ・ディーレン)を張られていた以上、どうにもならなかったのは事実ではあるが。そして今度は、淵猫のような強力な冥魔が何体召喚されているかも解らない、相手の懐へと飛び込んでいこうと言うのだ。この依頼を私たちに振ってくるのは当然とも言えた。
 と、そこで今まで黙っていたリプトンが口を開いた。
「最初の2つならまだいいが、それだとかなり大仕事になるんじゃねぇのか? 下手にA級なんて召喚されてたりしたら、俺もタダじゃ済まねぇだろうからな」
 そのリプトンの言葉に、何やら含むものを感じた私は、
「リプトン、ちょっと…」
 ソファから立ち上がり、自分でも歩きながら、部屋の隅へと招き寄せた。リプトンも解っているらしく、ちょっとうんざりしたような顔でついてくる。訝しむガティマを他所に、私はその場でボソボソとやりはじめた。
「リプトン、貴方まさか、また謝礼に大金を要求しようとしてるんじゃないでしょうね?」
 そう、リプトンはこんな時、いつも高すぎる報酬を要求する癖がある。無料とは言わないが、いつもかなり安めの金額を提示する私と折り合いがつかない場面でもある。
「ここまで来たら、斡旋所を通していないとはいえ、正式な依頼だと考えるべきだろう。内容もかなり危険なんじゃないか? それなら報酬を要求して何が悪いんだ?」
「街がこの有様なんですよ? こんな状態で、いつも請求してるような金額なんて、出るわけ無いじゃないですか」
「お前、そんな事言ってるから、1ベイルも持たずに街中をうろつく羽目に陥るんだよ…あん時みたいに」
 これは間違いなく、スルトニールでのことを言ってるのだろう。
「あれはまた事情が違う話でしょう」
 これまでに何度繰り返された会話なのかと、溜息を1つ吐きながら言う。更に言葉を継ごうとしたその背後から、
「あの、報酬ならそれなりに用意出来ますので…」
 と、ちょっと遠慮したように、ガティマが椅子に座ったまま声を掛けてきた。考えてみれば、私がいくら声を小さくしてみても、リプトンが普通に声を出していたら意味がない。
「ほらみろ、何も悩む事なんかねぇんだよ」
「いえ、リプトンは少しは悩んでください」
 素早くリプトンの言葉に突っ込み、それで、とガティマのほうを振り向く。
「それなりに、とは、具体的にどのくらいなんですか?」
 リプトンの言う事も一理ある。実際、報酬をもらわないことには、リプトンの食費だけで財布は軽くなる一方なのだ。そのことも考えて、ガティマにそう訊いてみると、
「そうですね、今すぐに用意できる額となると…」
 ガティマは少し考えてから、
「先ほどの展示室に、ベイル通貨の詰まった手桶がありましたね?」
 あの、私が持ち上げて、その軽さに驚いたもののことだろう。そのときはまだ何も疑問を感じずに、ええ、と生返事を返したが、
「とりあえず、あれを2つ用意できます」
 さすがにこれを聞いた私は、突っ込みを入れずにはいられなかった。
「あれをって…ちょっと待ってください」
「何ですか?」
 何のことか解らない、という風にガティマ。
「あの中身、もしかして全部本物なんですか?」
「そうですが、それが何か?」
 …盗まれるとは考えなかったのか? 頭がくらくらとするのを感じながらも、ひょっとしたらこのガティマという人物、とてつもない大物なのかもしれないと思ってしまった。
「で、それっていくらぐらいになるんだ?」
 今度は、よく解らないといった風に、リプトンが訊いて来た。まあ、これは至極当然な質問だろう。「手桶2つ」では、どのくらいの金額が動くのかピンと来るわけがない。
「あの中に入ってるのが全部ベイル通貨ならば、だいたい…手桶1つあたりに2500枚くらい入っていると思いますが?」
 先ほどの感触から、おおよその数字を出してみる。
「そうですね、正確な金額で言うなら、2つ合計で5238ベイルになります」
「そいつはすげぇな」
 ガティマの明確な答えに、リプトンが思わず、といった感じで口笛を吹く。
 5000ベイルとなると、かなりの額になる。仮にこれを全部食費に充てたとすると、リプトンが常に2人分食べると考えても、半年は保つ計算になる。斡旋所で請け負う仕事と考えても、この依頼料は高額の部類になる。
 とりあえず、でこれだけの金額を用意できるところからも、ラボにおけるサントゥスの重要度が推して量れる。まあ、単純にガティマが依頼料の相場を知らないだけなのかもしれないが。
 この額ならば、リプトンも納得することだろう。振り返って視線が合うと、リプトンは無言で1つ頷いてよこした。
「解りました、出来るだけ期待には沿うようにしましょう。ところで…」
 再びガティマの方に向き直り、私は申し訳無さそうに切り出した。
「事態の重みを考えれば、すぐにでも出発するのが望ましいのですが…ラティがあの状態です。できれば彼女の体力がある程度回復するまで…今日いっぱいくらいは休ませてあげたいのですが」
「まあ、それは仕方が無いです…」
 と、ガティマが快く了解の答えを返したその時、
「え〜〜〜〜っ、なにここどこなのぉ〜〜〜っ? リプトぉ〜〜〜ンっ!!」
 ラボ中のどこにいても聞こえそうな(実際聞こえているのだろうが)、ラティの悲鳴が響き渡った。
「………起きたようですね」
 私は目でガティマに合図をし、
「ご案内しましょう」
 言って、先を歩いていくガティマの後をついていった。

 部屋を出て、階段を1つ降りる。ラボの2階の一角を占めるその部屋へと、ガティマは真っ直ぐに進んでいった。そうしている間にも、リプトンはどこだ、フォートを出せ、というラティの叫び声が聞こえてくる。私は、ラティが今ごろどんな顔をしているのか思い浮かべて、思わず苦笑する。
 辿り着いたその部屋の、扉に取り付けられているプレートには《仮眠室》とある。しかし、各所員に個室が割り当てられていることを考えると、この部屋がどれだけ機能しているのか、甚だ疑問だった。
 どうぞ、と言うガティマの言葉も待たずに、リプトンが扉を押し開ける。反射的にドアに顔を向けるラティ。そこにリプトンの姿を確認すると、
「リプトぉ〜〜〜ンっ!」
 と、飛びかかって…いや、駆け寄ってきた。3年経った今でも、まだ1人になることへの恐怖を引きずっているようだが…まあこれは仕方の無いところだ。
「なんだよ、元気じゃねぇか」
 ラティの髪をぐしゃぐしゃとやりながら、いつもの調子でリプトンが言う。ラティは多少むくれた顔をするが、その表情にはすでに、安堵の色が濃く浮かんでいる。それを確認したのか、リプトンは、まだ部屋の外にいる私のほうに視線を向けた。
「疲れの蓄積で倒れたんでしょう。ラティ、今日はゆっくり寝ていなさい。明日の出発までには、まだ充分時間がありますからね」
 部屋にゆっくりと歩み入りながら、諭すように言う。
「…なに、出発って?」
 普段私たちは、街に到着したら、3日から1週間程度そこに滞在するようにしている。色々と目的はあるのだが、主だったものとしては、休息、食材をはじめとした物資の調達、そして、他ならぬ魔道書の調査がある。しかし、今回はまだこの街にきて1日も経っていない。ラティが疑問に思うのも当たり前のことだ。
「仕事が決まりました。夜が明たら東の遺跡に向かいます」
「え〜っ、またあたしの知らない間にぃ〜っ!」
 不平の色を隠しもせずに、ラティは頬を膨らませた。成り行き上仕方ないとはいえ、ラティの機嫌を損ねるのは後々厄介だ。過去の教訓が私にそう教えている。私は、リプトンの方を目だけで見ながら、
「ラティ」
「なによぉ〜?」
 少し考えながら切り出した。ここで、なるべくラティが喜ぶような条件を出さなければならない。
「リプトンが向こう1週間、羽根づくろいしてくれるそうですよ」
「………そ〜ゆ〜ことなら」
 一見仕方なくといった感じの返事ではあるが、よく見れば、口元がほころんでいるのがわかる。
 特に羽根の生え変わりの時期になると、見た目にもラティの翼はバサバサに荒れてくる。外見だけでなく、実際かなりむず痒くなるらしい。翼の末端部分ならラティ自身でも何とでもなるのだが、翼の付根ともなると、さすがに手が届かない。無理に自分で手をつけると、余計に荒らすことになるだけだ。
 そうなると、リプトンか私しか翼の手入れをする者がいないのだが、どういう訳か、リプトンはこれをかなり器用にこなしてみせた。最初は交代でやっていたのだが、だんだんとこれはリプトンの役割ということで定着してきていた。
 しかし、リプトンは器用にこなす割には、
「待てフォートっ! そんな話を勝手に決めるなっ!」
 こんな風に、極端に嫌がるのだ。どうも、面倒臭いというのが理由らしいのだが…しかし、ここはリプトンに一肌脱いでもらわない事には、話が先に進まない。私は敢えてここで、少し厳しめな声でかかった。
「リプトン」
「な、なんだよ?」
 少し気圧された調子でリプトンが答える。
「仮にここで、私が羽根づくろいするという条件を出したとして、ラティが折れると思いますか?」
「別に羽根づくろいじゃなくてもいいじゃねぇか。フォートが新作の菓子を作ってやるとかでも」
「それは半月に1度くらいやってるじゃないですか。私は構いませんが、そんなことで今更ラティの気を引けるとは思いませんよ」
 ラティのほうをちらっと見て、私はなおも続けた。
「あの期待に満ちた眼差しを裏切るような事があったら、今度こそ手がつけられなくなりますよ。そうなったらリプトンにとって、もっと面倒な事になるのは間違いないですね…どうしますか?」
 リプトンは反射的にラティの方を見て、
「……………解った」
 がっくりと肩を落としながらそう言ったのだった。


 前日のうちに準備を整えていた私たちは、夜が明けるとすぐに、半焼したルーンマインの街を徒歩で出発した。炎は昨日のうちに消し止められていたが、この辺りを包む熱波は、未だにその勢力を衰えさせてはいなかった。
 時間がかかればかかるだけ、厄介な事になるのは間違いない。それはガティマも充分に心得ていたようで、私たちに馬車を提供してくれるとさえ言った。しかし、3人の中で誰も御者の経験を持つものはおらず、仮に御者をつけてくれたとしても、遺跡付近での惨事と同じ事が起こりかねない。そう考えて、私はガティマの申し出を丁重に断わった。
「でもフォート、どうするの〜? その遺跡までこのまま歩いていったら、4日くらいかかるんじゃないの〜?」
 街を出てすぐに、暑さに顔をしかめながら、ラティは言った。
 確かにその通りだ。4日という時間は、相手にとって充分すぎるほどの準備時間となる。
「またあの速く走る魔法使えばいいんじゃねぇのか?」
「軽速補翼(ウイングド・ブーツ)ですか? あれはダメですよ」
「ぁあ? 何でだよ?」
 それぞれの魔法についての知識というのは、魔法を実際に使っている魔法使いでさえも完全に理解できていないことが多い。それが魔法とは無縁の剣士なら尚更だ。私は今後のためにも、リプトンに理由を話して聞かせることにした。
「軽速補翼というのは、対象の移動速度を飛躍的に上げる魔法です。しかし、増加するのは移動速度のみだという、大きな欠点があります」
「…それのどこが欠点なんだ?」
「つまりですね、増大した速度を、対象が制御出来なくなるんですよ。ただ直線だけを走るのならば大して問題は無いのですが、これから向かう東の遺跡までは、木が乱立しているばかりか、街道さえも、まるで山道のように曲がりくねっています」
 まだ解らないといった風に、リプトンも、ラティも首をかしげた。
「あの速度で、曲がりたい時に曲がるためには、それなりの反射神経と筋力が必要になります。この3人の中では、軽速補翼をかけた状態で普段と同じように走れるのは、リプトンくらいですよ」
「じゃあ、4日かけて歩くしかねぇってのか?」
「いえ…上手くすれば、今日明日中にでもその遺跡に到着できるかもしれません」
 少し考えてから、私はそう答えた。
「上手くすればって、どういうことだよ?」
 当然の疑問を、リプトンはぶつけてくる。
「それ相応のリスクを伴う魔法だということです。もし失敗すれば、辿り着くのに4日どころか、1ヶ月以上もかかることになるかもしれません。それどころか、命を落とすことさえ有り得るのです」
「命って、お前…」
 リプトンは私の言葉を笑い飛ばそうとした…が、私の表情を見て、それが冗談なんかではないと瞬時に悟ったらしい。いつになく真剣な表情で、リプトンは訊いてきた。
「フォート、その魔法って…使ったことあるのか?」
「ええ、まだリプトンと出会う前に一度だけ。散々な目に遭いましたが」
 私も正直にそれに答える。かつて失敗しているだけに、それは確かな重みを持って、リプトンに届く。重大な選択だけあって、リプトンはそこで腕を組んで考え込んだ。この火急の局面に際して、4日がもっと長くなりかねないという可能性、更には「命を落とす」というひとことが、リプトンの決断に歯止めをかけているのだろう。戦いの中ではなく、こんな何でもない魔法のせいで死ぬともなれば、尚更だ。
 深く考え込むリプトンの顔を覗き込むように、ラティはそばに立った。そして、組んでいる腕にそっとその手を添えると、
「大丈夫だよ、リプトン。フォートを信じていれば、いつも上手くいってきたもん。今度だって、きっと大丈夫」
 ラティは静寂を破った。
 そうは言ってみたものの、ラティのその手は微かに震えていた。それを感じとったリプトンは、自分の腕を掴んだラティの手に反対側の手を重ねる。ラティを見てからひとつ大きく頷き、
「よし………フォート、任せた!」
 はっきりと言い放った。
「解りました。では……いきます」
 応えた私は魔道書を取り出し、数多く取り付けられている付箋のうちの1つを引き当てた。ページを開き、その場所を明確にイメージしながら、魔法の詠唱を始めた。

  黄昏より来たりて 空を歪め
  光の尾引きて 去り行かん

 私の目の前、5mくらいの場所に、プライマルが収束していくのが感じられる。やがてそれは、微かに光を放ちはじめ、2mほどの扉のように形を変えていく…

  我求むるは 光射す道
  彼の地へと架かれ 彩雲の橋

 その光の扉の中央に、より強い光点が生まれる。光点はだんだんとその強さを増していき…

「…繋魔光路(キュルツェスト)

 詠唱の終了と共に、光点がはじけた。いまやその扉は、虹色の光を放っている。しかし、扉の向こうの景色が見えない以上、それだけではどこに繋がっているのか判然としない。
「リプトン」
 少し緊張した面持ちのリプトンに、私は声を掛ける。
「この扉は、私が通ると消えてしまいます。先に…よろしく頼みます」
 リプトンはそれに頷くと、ゆっくりと光の扉へと足を踏み入れていった。ラティもその後に続く。2人が扉の中に消えていったのを確認して…私もゆっくりと、そこに足を踏み入れた。
 次の瞬間、私は、森というには木々のまばらな中で、一層ひらけている場所に立っていた。中央には泉が湧き、その脇には、火を熾した跡が残っている。
「フォート、ここは…」
 問い掛けてくるリプトンに、私は再度、辺りを見回してから答えた。
「ええ、ラティを介抱した、あの水場です」
 それを聞いて、リプトンはその場にどっかと座り込んだ。
「まったく…ただの移動魔法に、あんなに脅かされたらたまらないぜ」
「何言ってるんですか、実際にこれで死んだ人間だっているんですよ。同じ目に遭わせたくないからこそ、今までだって使うのを控えていたんじゃないですか」
「じゃあ、これってホントに危険な魔法なの〜?」
 同じように座り込んだラティが訊いてくる。
「目的地をしっかりとイメージすることさえできれば、今回みたいに問題なく使うことが出来ます。しかし、イメージが曖昧だと、見当違いの場所に繋がったり…最悪の場合、どこにも繋がらずに体が消し飛ぶことだって有り得るのです」
 ゴクリ、と、リプトンが喉を鳴らす音が聞こえた。
「ま、まあ…上手くいったからいいとしようか。それに…」
 ここでリプトンは、急に目を鋭くさせた。
「遺跡のある方向も、だいたい解ったしな…」
 恐らく冥魔の強力な気配を感じ取ったのだろう、リプトンは東の方向を見据えて、不敵に言い放った。私にも微かに感じられるその気配、それは…
「……行きましょう」
 意を決して、私たちは東へと足を踏み出した。






魔道書物語 グリモワール 〜光闇の魔道書〜
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