魔道書物語
グリモワール
〜 光闇の魔道書 〜
第2話 : ルーンマイン






 陽はかなり傾いてきたものの、異常な暑さは依然としてその猛威を振るい続け、私たちを責めたてる。それが突然やってきた3日前から少しも変わらずに。
 体の冷却が早急に必要であるラティには、この状況はかなり辛いだろう。
 しかし、冷却するための水は無く、持ち歩いていた飲み水も、先ほどラティに与えた薬草茶が最後だ。
 ラティの意識が思ったよりもはっきりしていたため、水場に行くのに迷うことは無かったが、移動には少なからず時間がかかっていた。少しでも涼を取るために、木陰から木陰へと渡り歩いていたためだ。
 だから、私たちの目の前に水場がその姿を見せたときには、3人とも思わず緊張した表情を緩めていた。ラティの状態が良くならない限りは、気まで緩めるわけにはいかなかったが、それでもこの酷暑からは、暫くの間逃れる事が出来るのだ。
 見た感じでは、その水場は地下深くから湧出しているもののようだ。しかし…
 それの大きさは、直径にして約15m…5km以上先から、しかもほんの一瞬でこれを視認するとは、驚異的な視力だ。
「ラティ…よくこんなの見つけましたね」
「へへへ〜…」
 自慢するその声も、今は少し頼りない。
「リプトン、急ぎましょう」
「ああ、解ってるさ」
 リプトンは、水場の縁まで歩いていき、そこに足が浸かるように投げ出させた状態でラティを座らせる。その間に、私はバックパックから布を取り出し、水に浸す。それを適度な大きさにたたんで、水を多く含んだ状態でラティの熱い首筋に当てる。
「ラティ、大丈夫ですか?」
「…うん、…冷たぃ〜」
 水を含んだ布は、やがてすぐにその冷たさを失っていった。それを手早くしぼり、また冷たい水に浸し、再びラティに当てなおす…
 体の冷却もそうだが、水分補給も急務だ。飲み水を早急に確保しなければならない。だがそれは、すでにリプトンが行動に移していた。私が手を離せないのを見て気を利かせたのだろう。
 さっき見た限りでは、ごく普通に見られる水棲の虫が確認できた。この湧き水は、飲み水としても申し分ないだろう。しかし、単純に水を汲んだのでは、そんな虫も一緒に飲むことになる。急いでいるとはいえ、いくらなんでもそれは気が引ける。
 リプトンも野外での生活には慣れていて、その辺りは充分に承知している。水中の異物を濾過するため、水筒の口にはしっかりと布を当てていた。多少時間はかかるものの、下手にそのまま飲んで、これ以上体のどこかに異常が出るのだけは避けたい。
 ラティの首筋に当てた布を5回ほど取り替えた頃…
「フォートっ!」
「何です、リプト…っ?」
 呼び声に応じて振り向くと、すぐ目の前に水筒が迫っていた。
 リプトンが、水を汲み終わった水筒を私に向かって投げたのだが…当然この状態で避けられる筈も無く…
「んぐぁっ…」
 水筒は見事に顔面に直撃し、転がり落ちる。
「何だよ、ちゃんと取れよなー」
「…無茶言わないで下さい」
 顔を押さえて痛みを堪えながら、転がり落ちた水筒を手に取る。
 蓋がしてあったのがせめてもの救いで、中身はこぼれていない。まあ、そうでなければ、リプトンも投げるなんて真似はしないだろうが。
 念のために、ついた土を洗い落としてからそれをラティに渡すと、まるで乾いた砂が吸収するかのごとく勢いで、水筒の水を嚥下しはじめた。
「ラティ、そんなに慌てると…」
「…っ! けほけほっ、けほっ…!」
 咽せますよ、と言おうとしたところに、ラティは盛大に咳き込んだ。
 その姿を見た私の脳裡に、急にある記憶の断片が浮かび上がってくる。今と同じように咳き込んでいるラティの姿…3年前の忌まわしい事件…ラティが旅に出た理由…
 私は、思い出すべきではないその記憶を何とか振り払おうと、咳き込むラティの背中を叩いて呼吸を楽にさせようとした。が、忘れようとした分力加減が狂い、軽く叩くつもりが逆に強くなってしまった。
「けほっ、いた…痛い〜…けほっ」
「あ…済みません、ラティ!」
 逆に呼吸困難にしていた事に気付き、私は慌てて力を緩める。
「けほっ…この貸しは…でっかい、ぞぉ〜」
「…肝に銘じておきますよ」
 ともあれ、ラティも少し調子を取り戻したようだ。これならば、明日にはいつもの元気を取り戻すだろう。
「フォート」
 リプトンの呼ぶ声に、今度は警戒しながら振り向く。
「…何やってんだよ?」
 いつでも水筒を受けられるように構えた私を不審そうに見ながら、リプトンは言う。どうやら、さっきのことはすっかり忘れているようだ。
「いえ…別に…」
「まあいい…それより、今日の飲み水は確保したぞ」
「ご苦労様です」
 手に2本の水筒を提げたリプトンを労う。しかしこれだけあれば、今日どころか明日いっぱいは保つだろう。出発するときに残り3本の水筒も満たしておけば、ルーンマインの街までは水の心配はしなくて済むだろう。
 それから思い出したように、付け加える。
「ああリプトン、今日はここで野営にしましょう」
「…そうだな、水もあるし、荷物は少ない方がいいからな」
 荷物とは、間違いなくここまで背負ってきたラティのことだろう。
「あ…荷物といえば、手持ちの食材がもう無いんですよ」
「なに? 昨日ので最後なのか?」
「日持ちしないものですし、暑いと傷みも早いですから」
 私の答えに少し思案顔になったリプトンだったが、ひとつ溜息をついてから、
「…分かった、何か獲ってこよう」
 言って、辺りに目を走らせ始めた。
「リプトン!」
「何だ?」
 再び私の方に顔を向けたリプトンに、さっきの仕返しとばかりに言い放った。
「出来れば食べられるものをお願いします」
「…まだそれを言うかっ」
 言い捨てて、リプトンは食材の調達に出掛けた。
 少しの間、ラティには自分で熱さましを取り替えてもらうことにし、その間に私は、かまどを作り上げる。今作っているのは料理用のものだが、この暑い最中でも、夜間の警護用に火を焚くのは重要だ。火加減をうまく保つかまどを作るにはそれなりのコツが要るのだが、慣れてしまえばどうと言うことは無い。程無く、かまどは出来上がった。
 ぐるっと見回してみると、薪に使えそうな枯れ枝があちこちに転がっているのが目に入る。まだリプトンが戻ってくる様子は無い。…火を熾すのに必要な分くらいは集めておくか。
 もう一度ラティの様子を看てから、私はバックパックに手を突っ込んだ。鼻歌交じりにそこから取り出すのは、いつも持ち歩いている調理器具の数々、香草、スパイスなど。すぐに使えるようにそれらを並べていると、横からラティが話し掛けてくる。
「フォートってさぁ…」
「ん、何ですか?」
「料理するとき、すご〜く楽しそうだよね〜」
「そうですか?」
 不意に言われたその言葉が意外で、思わず訊き返してしまった。けれども、その自分の問いには、自分で答えを返していた。
「そうかも…しれませんね」
 …微笑交じりに。
 それをどう受け取ったのか、ラティはひとしきり私を見つめた後、うなずきながら別の質問を投げかけた。
「ふ〜ん…料理、誰に習ったの〜?」
「誰に…? そうですねぇ…今まで出会った、いろんな人たちに、ですかね?」
 敢えて、特定の人物は出さないでおく。それはラティの意に添った答えではなかったらしい。だが、彼女は特に気にした様子も無く、すぐに別の質問をする。
「どの料理が一番おいしかった〜?」
「そうですね…鱗族(シェイル)の海鮮料理は絶品でしたよ。機会があれば、ラティにもご馳走しましょう」
「ホントッ?!」
 食いつかんばかりのその勢いは、さっきまで倒れていたという事実を忘れさせるのに充分だった。が、回復にはもう少しかかる筈だ。
「ええ…そのためにも、早く体の調子を戻しましょうね」
「うん、分かった」
 と、そこにリプトンが獲物を抱えて帰ってきた。
「フォート、これなら文句無いだろ」
 どこか誇らしげに言うリプトンが抱えているそれは、体長1mほどのトカゲだった。
「上出来ですよ…リプトンにしては」
「何か引っ掛かるな、その言い方は」
「な〜に〜、それ食べられるの〜」
「食用ですから、問題ないですよ」
 答えながら、私はその食用トカゲを手早く捌く。
「ああ、リプトンは火を熾して、それからラティの看病を」
「俺にこいつの面倒見ろってか?」
「いつも見てるじゃないですか。それに私は今、手が離せないんですよ」
「…仕方ねぇな」
 ぶつくさ言いながらも、リプトンは集めてあった薪を使い、火を熾し始めた。
 その間に、この食用トカゲを食べられる形へともっていく。内臓を取り出し、硬い皮を剥いで、水洗いした後に念入りにスパイスを擦り込む。
 中に香草を詰め込んで丸焼きにするのも美味しいのだが、生憎とそこまで香草の持ち合わせが無い。仕方ないので、適当な大きさに切り分けた肉で香草を巻き、それを串に刺していく。
 ようやくついた火が適度な大きさになるのを待って、その周りに串を立てていく。焼き上がるまでの時間を利用して、残りの肉も同じように仕立て上げる。残りの方がはるかに多いのだが…
 こうして焼き上がった『食用トカゲの串焼き香草仕立て』は、瞬く間にリプトンとラティの胃袋に収まった。
「あの…私の分は…?」
「コックは賄いを食うもんだ」
 3人分あった筈なのに…
「リプトン、食べ過ぎ〜」
 …はふぅ。
 私は、今日何度目かの溜息を吐きながら、自分の分を焼き始めた。


 ラティの調子は、夜が明けたらすっかり良くなっていた。疲労回復の効能がある香草を使ったのが、功を奏したのかもしれない。お陰でリプトンは、元気が有り余っていた。
 それでもラティを気遣いながら、街道へ取って返し、歩き始めたのは3日前のことだった。それからしばらくの間は、とりたてて騒ぐような事件は起こらなかった…暑いのを除けば。
 あと2時間も歩けば、ルーンマインの街に着くだろう。
 昨日の時点で無理をすれば、もしかしたら真夜中には辿り着いていたかもしれないが、あんなことがあった後だ。出来るだけ無理は避けたかった。それに、真夜中では門が閉まっていて、街に入ることは出来なかっただろう。
 もうすぐゆっくりと休める…そんな思いが旅の緊張をほぐしかけたそんな時、
「ねえフォート、なんだか…街の様子、変じゃない〜?」
 いち早く気付いたのは、やはりラティだった。
 言われてみれば、どことなく異常な気がする。
 どんな街にも言えることだが、その街独自の空気、というか…雰囲気というものがある。賑やかなら賑やかなりの、閑静なら閑静なりの雰囲気というものが。それは、街の外にいても自然に伝わってくるものだ。
 ルーンマインは、他の街に比べて魔法使いが多く在住し、魔法による文化が多少進んでいると聞く。ならば、それなりの雰囲気を放っていてもいい筈なのだが、そんな気配は微塵も無い。
 今そこから感じる雰囲気、それは…とても文化的なものとは思えない、騒動のそれだった。
「ルーンマインが…泣いている?」
「ああ、イヤな臭いがするぜ。あれは…冥魔だな」
 実際には、それと判るような独特の臭いを発する冥魔など、殆ど存在しない。ここでリプトンが言う臭いとは、恐らく冥魔が発する気配のことだろう。
「あ〜、何か燃えてるよ〜っ?!」
 跳び上がったラティが、街の惨状を報告する。
「…、急ぎましょう!」
 バックパックから魔道書を掴み出し、付箋を繰るのももどかしく感じながらも、目的の呪文の項を開き出した。

  彼方より来たる流浪の民
  総てを運ぶ 姿無き使者
  其の疾(はや)き力 呼び覚ます
  束の間の翼、我に与えん

軽速補翼(ウイングド・ブーツ)っ!
 一瞬遅れて、浮遊感にも似た身軽さが、私たちの体に沸き起こる。まるで直前まで、大地にしっかりと根を下ろしていたかのような錯覚さえ覚える。
 この魔法は、装着者の移動速度を大幅に上昇させるという同名の魔道具足『ウイングド・ブーツ』と同じ効果を引き起こす呪文だ。ただし、ほぼ永久に効果を表す魔道具足とは違い、継続時間は5分程度と短い。
 とはいえ、旅の荷物を背負ったこの状態でも、出来る限り急いで走れば…
「おいっ、衛兵が居ないぞっ?!」
「門も開いてるよ〜?」
「中に加勢に行ったんでしょうね…この状況で入街審査なんて悠長な事はしていられないでしょう」
「逃げたのかも知れんぞ?」
「冥魔相手なら、ある意味その方が賢いかもしれませんよ」
 …こんな風に、効果時間内に街に辿り着く事が出来るのだ。

「えぅ〜、暑いぃ〜っ!」
 1歩街の中に踏み込んだ途端、荒れ狂う火勢が生み出す熱波が肌を焼く。ただでさえ暑いというのに、これではたまらない。特に、暑さに対する抵抗力が低いラティには、この状況下での行動は辛いところだろう。しかし、ここは耐えてもらうしかない。
「フォートっ、中央広場のほうが騒がしいぞ!」
「行きましょうっ! ここで止まっているのは危険です!」
 道の両脇に建ち並ぶ家々は、ますます燃え盛っている。出火してからだいぶ時間が経っているようだ。
 …この辺りに人の気配は無い。既に非難しているか、あるいは…
 このままこの場に留まれば、焼け崩れてきた建材に押し潰されてしまうだろう。事実、自重に耐え切れなくなりつつある建材が、悲鳴を上げているのが聞こえる。
「うぅ〜、暑いぃ〜」
「ラティ、早くっ!」
 暑さのせいで、かなり反応が鈍っているラティの手を引き、急いでその場を離れた…直後、さっきまで居た場所に、炎を纏った建材が轟音を立てて崩れ落ちた。
「…間一髪でしたね」
 空いたもう片方の手で、額に滲み出た冷や汗を拭う。
 リプトンにだいぶ遅れをとってしまった。急いで追い付かなければ。
 ラティの手を引きながら中央広場へと急ぐ。
「何だ、ありゃあ?」
 リプトンの素っ頓狂な声が聞こえてきたのは、そんな矢先の事だった。
 急いで中央広場に辿り着いてみると…そこには、リプトンのように叫ぶどころか、絶句するに足るものが、確かに存在した。
 ひとことでそれの特徴を言えば、その姿は黒猫に酷似していた。但しそれは、ルーンマインの街の中でも、2階建ての建築物がその殆どを占めるこの地区にありながら、その中に埋もれることなく暴れ回っていた。
 巨大な腕で薙ぎ払うというよりは、引っ掻くという感じ。建物を破壊するというよりは、じゃれついているという感じ…それが、見た者が共通して受ける印象だが、実被害はそんなかわいらしい表現ではとても済まない。
 C級冥魔、淵猫(トランペルン・カッツェ)…!
「この前の魔鳥(シュヴァルツヴィント)といい、何故こんなところに…?」
「その魔鳥もおいでになったようだぜ」
 淵猫の方に向かおうとしているリプトンのその言葉を聞いて、炎の合間から上空を垣間見る…確かに、6体ほどが飛来しているようだ。
 ともかく今は、暑さに参っているラティを何とかしなくてはいけない。
「ラティ」
 呼びながらその肩を引き寄せ、空いた方の手の人差し指を、彼女の額に軽く当てる。彼女はきょとんとした表情で、その人差し指を見つめ返す。
「ちょっとおまじないをしましょう」
「…おまじない?」
「そう…少しの間、暑さを忘れるおまじないです」
「…気休めじゃないの?」
「いいえ…ラティが私の事を信じれば、絶対に効きます」
 自身ありげに言う私を見て、ラティは少し迷ったようだが…
「…うん、フォートを信じる」
 返事を聞いてから、私はラティの両肩を軽く叩いた。
「? …もう終わったの?」
「ええ…だんだんと平気になってくる筈ですよ」
「なんだか…まだよく解んないけど…」
 戸惑いながらもそう答えるラティの瞳の奥には、既に強い気力の光が宿っている。
「おいフォートっ、急げっ!」
 出遅れている私を、リプトンが急かす。
「今行きますっ!」
 答えて、私はラティに手早く指示を出す。
「ラティ、空に冥魔…魔鳥が飛んでいるのが見えますね?」
「うん…10体くらいいるね…」
「淵猫と同時に相手をするのはちょっと厳しいです。…任せても、いいですね?」
「…うん…やってみる」
 言って、ラティはそのカワセミ色の翼を広げると、地を蹴った。

「…おいフォート、あれも魔法か何かなのか?」
 淵猫へと走りながら、リプトンが訊いてくる。
「おまじないですか? …まさか。あれ自体には全く力はありませんよ」
「ぁあ? そんなので大丈夫なのか?」
「…暑さに耐えるのは、結局は彼女の気力の問題です。そのきっかけを作ったという意味でなら、効果は絶大ですよ」
 私は空を見上げながら答えた。
「…あ、ホントだな」
 同じように見上げたリプトンがそこに見たのは、空中で自在に動き回り、魔鳥の相手をしているラティの姿だった。

 建物のはるか上にまで跳躍したラティは、その翼の力強いはばたきで、魔鳥の群れへと真っ直ぐに飛び込んでいく。いつもならば、この時点で少しずつ落下していくところだが、今回はそんな様子を見せず、高度を保っている。…恐らくは、この街規模の火災が生み出す上昇気流を巧みに利用しているのだろう。
「いっくぞぉ〜!」
 気の抜けるような気合の声。
 魔鳥たちは、突然現れたそのカワセミ色の疾風に度肝を抜いたに違いない。10体居た魔鳥たちのうち7体は、群れの中に飛び込んできたそれに対し、咄嗟に回避行動に移った…が、残りの3体の真正面には、既にラティが肉迫していた。
 すれ違いざまに、ラティの腕からは、雷撃の如き素早さで槍が突き出される。その穂先は、的確にその3体のそれぞれの頭部を破壊していた。
 巨大な炎の中に墜ちていく魔鳥を尻目に、ラティは大きく旋回し、残りの魔鳥たちに向き直る…彼女はそこに、今までとは違う魔鳥たちの動きを見た。
 6体の魔鳥が、一見バラバラとも思える動きを取りながら、それが複雑なフォーメーションを成してラティを牽制していた。その奥に、一際大きな魔鳥が構えている…いや違う、あれは…?
 …D級冥魔、将烏(ゲネラルラーベ)!
 魔鳥たちのリーダーとも言うべき存在で、時折、魔鳥の群れに紛れて現れる。多数の魔鳥を意のままに操る能力を持ち、個体としても、魔鳥より数段上の能力を誇る。
 将烏の前に命を散らしたフェイザは数多いと聞く。ラティの腕をもってしても、厄介な相手と言わざるを得ない。ましてや、今の状態では…?
 突然、フォーメーションの中から2体が飛び出してきた。1体はラティの真正面に、もう1体はやや遅れて。
 正面に来た魔鳥は、ラティの槍の間合いの少し外で、急に下に移動する。正面から来る2体目に注意を払いながらも、ラティは下に移動した魔鳥を目で追う。案の定その魔鳥は、下から急上昇していた。
 それを迎え撃とうと、ラティは槍を構え…上空に迫る殺気に、咄嗟に体を引く。直後、ラティの目の前の空間から、重く響く破裂音が聞こえてきた。上空から飛来した3体目と、下から急上昇してくる魔鳥が同時に放った衝撃波がぶつかり合ったのだ。身を引くのが遅かったら、その時点で命を落としていただろう。
 間を置かず、残りの3体が別方向から攻撃を仕掛けてくる。今度は左右からの攻撃に下方からの襲撃を合わせていた。これをまた辛くも躱すラティ。更に、同じような2体での連携に不意打ちを合わせる攻撃が何度も続く…
 …何か引っ掛かる。さっきから続くこの攻撃には、必ずどこかしらに逃げ道が用意されている。…まさか?
 ラティは有効な攻撃を出せないまま、ひたすら回避を強いられていた。間違いない。明らかに将烏は、ラティの疲労を促している。この戦い、あまり長引くと、ラティの不利は否めない。元よりフェイザは、長時間の空中戦が出来る種族ではない。いくら上昇気流を巧みに使ったとしても、だ。
 ラティも本能的にそれを感じ取ったらしく、防戦一方の戦いに終止符を打つべく、ここで誘いをかけた。
 続く、同じ3体での攻撃を躱したラティは、そのまま魔鳥たちを大きく迂回し、一気に将烏に向かって飛んでいた。その速度は、魔鳥たちの追随を許さない。
 瞬く間に、最初から同じ場所に留まり続ける将烏のもとに辿り着き、勢いをつけた槍の一閃を見舞う…が、突如ラティの視界から、その将烏の姿が掻き消えた。
 直後、背後に気配を覚えたラティは、その場にかがみ込む。その頭上を、甲高い音を立てながら、目に見えない何かが貫通していった。
 慌てて振り返るラティの背後には、さきほど姿を消した将烏が、悠然とはばたいていた…
「…瞬間移動(テレポート)っ?!」
 そう、これが将烏が厄介と言われる一番の理由だ。その移動距離は短いながらも、いきなり姿を消されては、当たる攻撃も当たらない。1対1で戦うとき、これ以上の脅威は無いだろう。ましてや今は、その配下に6体もの魔鳥がいる。
 加えて、魔鳥の衝撃波よりも強力な気砲。先ほどラティの頭上を通り過ぎた、あの不可視の砲撃だ。その極度に圧縮され、高速で射ち出される空気の塊は、堅牢に作られた城壁をやすやすと破砕する。
 ラティが驚愕にとらわれている内に、将烏はひとまず距離を取り、周りに魔鳥を呼び寄せる。これで振り出しに戻ってしまった…いや、体力を消耗した分、ラティが不利か。
 そこに将烏は、魔鳥4体の連携攻撃を仕掛けた。残り2体は護衛のつもりなのか、将烏の脇に待機させている。
 多方向から襲い掛かる衝撃波を、しかしラティは危なげに躱していく。回避行動に精一杯で、攻撃する余裕が無さそうに見える。こうすることで将烏は、更にラティの疲労を誘っているのだろう。見た目にも、ラティはかなり疲弊している。おまじないで引き出された気力だけで保っているようにさえ見える。
 が、その増幅された気力は、ラティに少しずつ、だが確実に変化をもたらしていた。
 今まで精一杯だった回避行動が、次第に紙一重の回避に変わっていく。衝撃波からの回避に慣れてきたせいだとも言える…確かにそれもあるだろう。だがそれだけでは、間断なく続くこの攻撃を躱し続けるのは至難の技だ。今彼女の内に渦巻く気力が、戦闘の勘を著しく助長しているのだろう。もしかしたら、この空での戦いを任せられたという使命感もあったのかもしれない…ともかく、ラティには今、奇妙とさえ言える精神的な余裕が生まれていた。
 そのことに気付かず…もっとも、操られているから気付きようも無いのだが…魔鳥が再び衝撃波を浴びせ掛けようと、ラティに向かって急降下してくる。それを待ち構えていたラティは、突然その魔鳥に向かって急上昇する。対応しきれずに衝撃波の射出タイミングが遅れたその空白の瞬間を逃さず、ラティの槍は魔鳥の頭部を打ち抜いていた。
 そのまま流れるような動作で、カワセミ色の突風が空を駆け抜け…その軌跡から、次々と魔鳥がこぼれ落ちていく。
 それから瞬きをする間があっただろうか? 将烏を護る2体の魔鳥に、ラティが肉迫していた。何とかこれに反応して、将烏は魔鳥を差し向けようとしたが…そのときには既に、2体の魔鳥は眼下の炎に飲み込まれていった。
 操る魔鳥をすべて失った将烏は、正面に迫り来るラティに気砲を放つ。だがラティは、これを沈み込む事で躱す。突進する速度を緩めずに。
 その勢いに乗った槍の一閃が、将烏に襲い掛かる。何とかこれに反応した将烏は、その空間から掻き消える。しかし将烏の不幸は、瞬間移動先にラティの背後を選んでしまった事だった。
 再び空間に現れた将烏が、その口を大きく開き、気砲を放とうとする…その瞬間にはすでに、ラティは突き出したはずの槍を、それと変わらぬ速度で引き戻していた。今まさに将烏の口から吐き出されようとしていた気砲と、ラティが引き戻した槍の石突きは、将烏の喉の奥で激突し…結果、そこで気砲は爆散した。それは、外側にある将烏の頭部を破裂させるには充分すぎる威力を持っていた…
 槍を引き戻し、その柄の先についたものを乱雑に払い落とすと、
「終わっ…たぁ〜…」
 その目から気力の光を急速に衰えさせながら、疲労の極限に達したラティは、その身の行くところを重力に委ねていった…






魔道書物語 グリモワール 〜光闇の魔道書〜
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