魔道書物語
グリモワール
〜 光闇の魔道書 〜
第1話 : 灼熱の街道






「…あっついわねぇ〜!」
 今日何度目かの、不満の声が聞こえてくる。
 私の2〜3歩前を歩いている翼族(フェイザ)の娘の、偽らざる心情だった。
 …確かに暑い。
 高山地帯が近く、比較的気温は低いはずのこの地方、しかも、つい4〜5日前に、遅まきながらも春の暖かさを感じ始めたという、そんな季節だ。異常気象で片付けてしまうのは簡単だが、それはいささか軽率というものだろう。
 この地域で何かが起こっているのか、それとも、もっと広範囲での異常なのか…それを考えたくても知るための情報は全く無く、しかもこの暑さは、考える気力を根こそぎ奪っていってしまう。
 この予測できない暑さのせいで、携帯していた水も底をつきかけている。
 彼女が不満を言うのも仕方の無いことだった。
 …それにしても、だ。
 実際暑いところに、あんな風にいかにも暑そうに言われたのでは、私まで余計に暑くなってくる。
 少し静かになってもらおうと思い立ち、背負ったバックパックを探り、水筒を取り出す。中身はもうあまり残ってない。だが、無いよりは遥かにましだろう。
 それを差し出して、なんとかなだめてやろうとした矢先に、
「ラティ、お前さっきからうるせぇぞ」
 うんざりしたように、ラティと呼ばれた娘の隣を歩いていた剣士が言った。
「なによリプトン〜、暑いんだから、しょうがないじゃないの〜」
「だからって、今日だけでも同じこと74回も言ってんじゃねぇ! 余計暑くなるだろうがっ!」
 …数えてたのか。リプトン、そっちの方が暑苦しいとは思わんのか?
 呆れた目でリプトンを見ていると、リプトンは急に私の方に視線を向け、
「おい、フォートも何とか言ってやってくれよっ」
「そうよフォート〜、ちょっとこのうるさいの黙らせてよ〜」
「何を言ってやがる、うるせぇのはお前の方だっ」
「あたしの、どこがうるさいのよ〜」
 …と、いつものように口喧嘩を始めてしまった。しかし毎度の事ながら、ラティの間延びした言葉遣いを聞いていると、とても口喧嘩してるとは思えない。
 しかし、こうなってしまうと、またしばらくうるさくなることは必至である。
 はふぅっ…
 ひとつ溜息を吐きながら、なんとか2人を黙らせる方法を探してみる。しかし、こう暑いと、考えもなかなかまとまらない…ん、暑い?
 この暑さの中では、求めるものは、多分、例外なく皆同じだ。
 暑さに耐えながらも、私は辺りの地形を見渡し、不確かな知識を総動員する。確証は無いが、調べてもらう価値は充分にありそうだ。
「ラティ」
 私は思い切って、カワセミ色の翼をもつフェイザの名を呼んだ。
「なぁ〜によぉ〜」
 口喧嘩の真っ最中ということもあり、ちょっと苛立たしげな口調でラティが応える。間延びしたその言葉遣いでは、感情は読み取りにくいのだが、付き合いが長いと何とか分かるものだ。
「近くに水場があるはずです。ちょっと調べてみてもらえませんか?」
 その言葉に、突然彼女の目が鋭い輝きを放ったような気がした。
「水っ! 水があるのっ?」
「地形的に見ても多分間違いないでしょう」
 勢い込んで訊いてくるラティを落ち着かせるように、私は答えた。
「あたし、ちょっと見てくる〜っ!」
 言うが早いか、ラティはその場に屈みこみ、反動をつけて勢いよく跳躍した。同時に背中の翼を羽ばたかせることにより、人間には真似できない驚異的な跳躍を実現する。その高さ…20m以上。
 …普段の言葉遣いからは想像もつかない。
 翼があることから、翼族は空が飛べると勘違いしている者は数多く居るが、それは間違った認識だ。翼族の翼は退化していて、鳥のように空を飛ぶほどの力は持っていない。だが今のように、跳躍補助とか空中姿勢制御をするだけの力は充分にある。
 程無くして最高点に辿り着いた彼女は、その一瞬で遥か先の地形を確認し、今度は落下速度を羽ばたきで殺しながら降りてくる。
 綺麗に着地したラティが、掴みかからんばかりの勢いで、
「あったよ〜っ! あっちのほうに〜!」
 と、指差しながら、元気よく報告してくれる。言葉遣いからでは判別がつきにくいが、さっきまでよりもかなり機嫌がいい事は間違いない。
「そ、そうですか…」
「じゃ、あたし、先に行ってるね〜!」
「あ、ちょっと、ラティ!」
 止める暇も与えずに、ラティは水場に向かって突進していった。そこまでどのくらいの距離があるのかも知らせないままに…
「あ〜あ…行っちゃいましたね」
「行っちゃいましたね…じゃねぇだろっ! どーすんだよっ、まだアイツらこの辺りに居るかも知れねぇんだぜっ?」
「こうでもしないと、不毛な口論が終わりそうにもありませんでしたからね」
「……」
「こうなるのは予想外でしたけど…でも、ラティもまだ危険があることくらい充分承知していますよ」
「…そうだな。でも、このまま放っておくのもマズイだろ」
「そうですね…私たちも急ぎましょう」
 乗っていた馬車が無くなった今、この暑さの中を移動するのは、難儀な事この上ない。それでも、無いものをねだったところで状況が変わるわけでもなく…私は額の汗を拭い、リプトンを促した。
 こうして私たちも、ラティを追って、異常な暑さの中を歩き始めたのだった。


 ロズウェルの街を後にして3日目、その熱波は突然やってきた。
 つい先日、少し遅い春の到来を感じ始めたばかりだ。そのあまりもの事態に、馬車で移動中の私たちは当然のこと、(恐らく)近隣諸街の住人たちも、困惑の色を隠せないでいた。
「なんなの、この暑さは〜?」
 たまらず真っ先に音を上げたのは、やはりラティだった。まあ、彼女は種族の性質上、暑さに対する抵抗力が弱いから仕方が無いとして…
「おい、暑いぞっ! 突然、なんの冗談だ?」
 リプトンも続いて音を上げていた。
 剣士としての忍耐力が問われるが、この異常な暑さでは仕方無いだろう。
 馬車を牽く2頭の馬も、その急激な気温の変化に、歩みを止めてしまった…というか、これは多分御者の配慮だろう。いつもの休息の時間が近かったから、ちょうど良かったのかもしれない。
 席を立ち、馬をなだめに行く御者の姿がちらりと見えた。
 私も一息入れようと、バックパックから水筒を取り出した。すでにリプトンは、中身を飲み干さんばかりの勢いで、水筒を傾けていた。
 それを横目に見ながら、私は薬草茶を一口含んだ。
 ロズウェルの街で買った、気分を落ち着ける効能のある薬草を煎じた茶だ。その一口だけで、この猛暑の中、涼風に包まれたような感じがした。
 すごい効き目だ。機会があれば、また購入したいものだ。
 薬草茶の余韻をしばらく味わった後、再びバックパックの紐を解いた。水筒を仕舞うと同時に、一際存在感のあるそれを手に取り、思いを巡らせる…
「フォート、そいつの手掛かりはまだ見つからねぇのか?」
 リプトンの声に、
「…ええ、まだなにも」
 苦しげな微笑を浮かべ、答える。その題名を、一字一字、目で追いながら…
 《 Lichter und Schatten 》
 光と闇…とだけ表紙に記された、分厚い本だ。
 ページの至る所には、私が使いやすいように付箋が貼られている。
 当然、これはただの本ではない。
 普通の人が読めば、中身は魔法言語で書かれた抽象的な4行詩の羅列にしか見えないだろう…だが、魔力という限られた才能を持つものが読めば、恐ろしく、しかも力強い武器となる。
 そう、これは魔道書だ。それも、その辺りに転がっているような普通の魔道書ではない(魔道書自体普通ではないが)。
 普通の魔道書は、魔法使いが覚えた魔法を自分自身で追加していくのに対し、この魔道書は、最初から(恐らく)全ての魔法が記されている。
 もちろん、記されているからといって、持ち主がそれを全て使えるわけではなく、術者の魔力が足りなければ、呪文は形を成さない。
「解っているのは、私がこの魔道書と契約したこと、これが強大な力を持つこと…それと、これの持ち主が何らかの使命を負っているということです」
「で、その使命すら見つからない、と」
「そういうことですね。まあ、気長にやりますよ」
 言いながら、魔道書をバックパックの中に戻す。
「次の街で、何らかの手掛かりがあればいいんですけどね…」
 バックパックの紐を結ぼうとしたその手の動きを、リプトンが止めた。
 …いや、正確に言えば、リプトンが剣を手に取ったその動作が、だ。
 普段は背負っている剣を手に、リプトンが馬車から飛び出した。同時に、私の視界の隅…つまり御者と2頭の馬がいる方向で、何か影のようなものが横切った。
 直後、右側の馬の首が落ち、間欠泉のように血液を噴き出した。続けざまに、左側の馬も同じ運命を辿った。
 その瞬間を…その犯人を目の当たりにして、私は絶句した。
 冥魔。冥界からの混沌の使者。
 そんな…この辺りは出没しないと聞いていたのに…迂闊だったっ!
 ひとつ舌打ちしながらも、対応の遅れたラティと同時に馬車の外に飛び出す。
 すぐに状況分析。
 馬車の左右と上空からの挟撃を仕掛けてくるのは、E級冥魔・魔鳥(シュヴァルツヴィント)。知能は低いが高速で空を駆り、口から弾き出す殺傷能力に長けた衝撃波は充分脅威的だ。
 その数、およそ30。これだけの数の冥魔を一度に相手にするのは、記憶を呼び起こしてみても、多分初めてのことだが…
「ラティ、サポート頼みますっ!」
「おっけ〜!」
 間延びした返事とともに、その姿が掻き消える。
 いかに相手が高速で飛び回ろうとも、ラティには傷1つつけることも叶わないだろう。私は彼女を信頼し、バックパックから魔道書を取り出した。
 数ある付箋のうち1つに指を掛け、そのページを繰り出す。
 魔法を発動させるには、数種類の方法があると言われている。その中でも私が使うのは、音声を媒体にして魔力を空中に伝達させ、その空気中に数多に存在する魔法粒子《プライマル》を練り上げ、昇華するといったものだ。
 目的の呪文部分を指差し、意識を集中しながら詠唱を始めた…

  其は黄昏より出ずる光
  其の行きつく先もまた黄昏なり

 《プライマル》が、私の周りに引き寄せられ、頭上辺りに集中していくのが感じられる。やがてそこには光点が顕現し、少しずつ明滅しながら膨張していく…
 詠唱中、魔法使いにはどうしても隙が出来る。そんな無防備な状態を、敵に叩かれればひとたまりも無い。そのためのラティのサポートだ。
 今のラティの役目は、敵の目を私から逸らし、遠ざけること。あわよくば、屠ってくれればなおありがたい。そして、彼女にはそれが可能だった。こうして詠唱している間にも、ラティは空中で巧みにその身を操り、冥魔たちを私から遠ざけるだけでなく、すでに手にした槍で1体を戦闘不能に追い込んでいた。
 まるで舞い落ちる木の葉のように、変則的に落下してくるラティを視界の隅で確認しながら、私は詠唱を続けた。

  法(のり)に従いて其の身を焦がし
  疾風(かぜ)の如く駆け抜けよ

 徐々に輝きを増す光球は、やがて直視できないほどにまで成長した。
 その輝きを危険と感じたのか、魔鳥たちはそれを消し去ろうと、光球に殺到した…が、もう遅い。
 ラティの着地の音を耳にしたのと同時に、私は空を舞う冥魔たちに呪文を解き放った。
虹晶疾走(プリズマティック・シュート)っ!
 宣言とともに、頭上に輝く光球は10個の破片となって飛び散った。その破片は、それぞれが意思を持ったかのように、魔鳥たち目掛けて空を駆け抜けていく。3体ほどが避け損ない、その光に眉間を撃ち抜かれ、墜落していった。
 残り7つの光が標的にした魔鳥たちは、かろうじて身を翻して躱し、私に向かって突進してきたが…私は別段慌てるような事はしない。一度はすれ違ったその光が、空中で鮮やかに弧を描いて追尾してくることなど、多分この魔鳥たちは予想だにしていなかったのだろう…空を駆ける7本の光条は、正確に魔鳥の後頭部を捉え、その脳髄を破壊した。
 明らかに驚愕の表情を浮かべながらも、墜落していく7体の魔鳥を横目で確認しながらも、私は次の呪文を用意するべく、再びバックパックから魔道書を取り出した。その頃には、ラティは再び地を蹴っていた。
 言い忘れていたが、私の持っている魔道書は、全部で6冊ある。どうやら呪文の属性ごとで分類されているらしいのは、それぞれの魔道書の題名が物語っている。
 そして、私が次に取り出した魔道書には、こう書かれていた。
 《 Himmel 》
 天空…そう読める。つまり、先ほどのが光と闇の魔法を束ねた魔道書であるのに対し、これは天の魔法を集めた魔道書なのだろう。
 もちろん、これにも私が使いやすいように、あらゆる所に付箋が貼り付けられている。そのうち1つの付箋に指を掛けて、ページを開く。

 馬車の反対側に飛び出したリプトンは、馬のいる方向に駆け出した。
 いち早くその動きに気付いた魔鳥が、リプトン目掛けて滑空してくる。リプトンは片刃の反身の剣…ブレードに手を掛け、向かってくる魔鳥に視線を据え…すれ違いざまに、鞘からブレードを抜く勢いそのままに、魔鳥を一刀両断にした。
 そのまま何事も無かったように走り続けるリプトンを待ち構えていたのは、既に首を落とされた2頭の馬と、魔鳥から逃れようと必死に走り回っている御者の姿だった。
「おい、おっさんっ! 早く馬車の中に隠れろっ!」
 御者の身を案じ、声をかけたリプトンだったが…一足遅かった。
 リプトンの声が届いたか届かないかのうちに、魔鳥の口から発せられた衝撃波が、御者の頭部を破砕していた。
「て…てめぇら…何て事しやがるっ!」
 あまりものことに、リプトンは怒りに震えて声をあげた。
「ここからルーンマインまで、俺たちに歩いていけってのかっ!」
 …そういう問題なのか?
 しかし、そんなリプトンの言葉を、低能の魔鳥たちが理解できるはずも無く…もし理解していたとしても、それは彼らにとって、これから死に行くものの悲しげな咆哮としか受け取れなかったに違いない。そして…そのことが、すでに彼らの運命を決定付けていた。
 2頭の馬と御者の死体に群がっていた、都合8体の魔鳥が、今度はリプトンに狙いを定め、次々に飛び掛ってきた。
 リプトンは巧妙なフットワークで、なるべく複数同時に攻撃を受けないように、自分の立ち位置を変えていく。正面に向かい合った魔鳥は、2頭の馬にしたのと同じように、鋭い翼の先でリプトンを切り裂こうと突っ込んでくるが…リプトンは寸前で身を屈めて躱し、無防備なその腹をブレードで薙いでいた。それだけに止まらず、返す刃で、背後に来ていたもう1体の魔鳥を頭から斬り裂く。
 魔鳥であった4つの破片が落下していき…地面に音を立てたのと同じ瞬間、リプトンは更にもう2体の魔鳥を斬り裂いていた。
 残った4体の魔鳥は、あまりもの出来事に、リプトンから一旦距離を取った。本能的に危険を察知したのかもしれないが、逆にそれは、リプトンに落ち着いて対処する時間を与えてしまったに過ぎなかった。
「さーて、次はどう来るのかな?」
 わざと立ち止まり、魔鳥たちの出方を待つリプトン。それに対し、4体の魔鳥はリプトンを四方から取り囲み、一斉に飛び掛ってきた。
 しかし、リプトンは、魔鳥の動きなど、簡単に予測していたらしい。
 魔鳥が飛び掛ってくるのと同時に、リプトンはまず正面にいる1体に向かって、猛然とダッシュした。急に至近距離まで迫ってきたリプトンに、魔鳥は慌てた様子で口を大きく開き、人間の頭蓋など簡単に破壊する衝撃波を飛ばした。
 しかし、リプトンの方は慌てた様子もなく、腰に左手を回したかと思うと、それを一気に目の前の魔鳥に叩きつけた。魔鳥にしてみれば、衝撃波を挟んだ向こうから迫ってくるものなど、何の脅威にもならなかった筈だった…が、それは、衝撃波もろとも、魔鳥の体を真っ二つに斬り裂いた。
 リプトンが左手で逆手に握っていたもの…それは、マン・ゴーシュと呼ばれる、主に防御用に造られた短剣だった。
 続けてリプトンは体を右に捻りつつ、右後方から迫ってきていた魔鳥をブレードで薙ぎ払い、残り2体を自分の正面に捉える。
 2体の魔鳥は、同時に口を大きく開け、リプトンに衝撃波を叩き込む…が、それをリプトンは左手にもったマン・ゴーシュでいとも簡単に弾き返した。並みの人間ならば、この状況では、マン・ゴーシュもろとも左手は破壊されていただろう。だが、魔鳥たちにとっては不幸な事に、リプトンもマン・ゴーシュも並ではなかった。
 その至近距離では、もはや魔鳥たちに逃れる術は無かった。リプトンの右腕が閃いたかと思うと、次の瞬間には、2体の魔鳥は地面に叩きつけられていた。
「ふぅ…やぁっと片付いたか」
 ブレードとマン・ゴーシュに付いた魔鳥の体液を、一振りで払い落としながら、リプトンは息をつく。
「あっち方が数が多かったみたいだが…」
 特に心配する事もないだろう、と思いながら馬車の方に振り返り…
「…あいつら、何やってんだっ?!」
 リプトンは馬車に向かって全力疾走した。

 さすがに魔鳥たちも、さっきの魔法で私に警戒心を抱いているに違いない。ラティもその辺りは心得ていて、今度は敵を牽制する動きにシフトしていた。
「う〜ふ〜ふ〜ふ〜、覚悟するのね〜♪」
 不気味な笑みとともに、ラティは軽く跳躍した。
 同時に、私は新たに開いたページに目を落とし、精神を集中しながら詠唱に移る。

  其は不可視にて大いなるもの

 背中の翼を広げて空中で微妙な位置調整をしたラティは、私の方に急降下してくる魔鳥へと狙いを定め…手にした槍を一閃させる。槍の穂先は、しかしながら魔鳥が敏感に察知したために、喉元を捕らえること無く空を切る。だが魔鳥のほうも、当初の狙いを諦めざるを得ず、急降下の勢いを上空に向けることになった。

  姿定まらずして心移ろうもの

 遠ざかる魔鳥を見届けながら、ラティは槍を持ち直した。その場で翼を打ち振るい、自分の体を鋭く旋回させる。少し遅れてついてきた槍は、背後に迫っていた魔鳥に強かに叩きつけられた。その衝撃に耐え切れず、魔鳥は意識を失い落下していった。

  灼熱の心呼び覚まし

 そのわずかな反動と羽ばたきで空中を移動し、次の魔鳥を迎え撃ちに向かうラティ。その横を別の魔鳥が降下していく。
「あ〜、ひどい〜っ!」
 何が酷いのかよく解らないが、ラティは体を返して、目前まで迫った魔鳥に蹴りを見舞い、その反動と羽ばたきで勢いをつけながら、たった今降下していった魔鳥を追いかける。

  怒りの抱擁で迎え入れん

 背後に迫ったラティに気付いた魔鳥は、私に襲い掛かるのを諦め、回避行動に移る…しかし落下の勢いも乗せたラティからは逃れきれず、魔鳥は背中から槍で貫き通されていた。
 そのままの勢いで落下してきたラティは、羽ばたきで勢いを殺しながら着地した。
 残り8体の魔鳥は、ラティに警戒しているらしく、少し距離を取って飛び交っている。その魔鳥たちに向けて、私は魔法を解き放った。
魔擦圏(ストラ・トラブ)っ!
 魔鳥たちは、瞬間的に自分の身に起こった異変を感じ取ったが、その正体が何なのかは判らなかった。もし判ったとしても、もはや魔鳥たちはそれから逃れる術は無かった。
 次の瞬間、魔鳥たちの呼吸は気管と肺を焼き、風を切る体は炎に包まれた。
 何とか炎を消そうと、翼を打ち振るい、体を捻り飛び回る魔鳥たちだったが、それらの行為はすべて、余計に炎を燃え上がらせる結果となった。更に、体を激しく動かせば動かすほど呼吸が荒くなり、それが更に肺を焼く…魔鳥たちには、もはや何の救いも無かった。
 やがて、もがき苦しむ魔鳥たちは動かなくなり、1体、また1体と、炎に包まれたまま落下していった。
「…もう居ないみたいですね」
 私は周りを見渡し、ようやく一息つくと、手に持った魔道書を閉じてバックパックに仕舞い始めた。ちょうどその時、リプトンの声が響き渡った。
「フォートっ! 早くその火を消せぇっ!」
「え?」
 気付いたときには、炎に包まれた魔鳥が、次々と馬車に激突していった。
「ああ〜っ、あたしの荷物〜っ!」
 まるで緊迫感の欠けた叫び声を上げたラティは、馬車の中へと飛び込もうとした…が、火の回りは予想以上に速く、すでに飛び込める状況ではなかった。
「リプトン〜、あたしの荷物取って〜」
「なにぃ? 俺に中に入れってか?」
「うんっ!」
「お前が中を飛び抜ければいいだろっ!」
「やだよぉ〜、熱いもんっ」
「それは俺だって同じだっ!」
 火に包まれた馬車を挟んで、無茶な会話が繰り広げられていた。が、中に自分の荷物もあるため、リプトンも諦めろとは言い切れなかった。
 ここにきて、やっと馬車の近くまで走り寄ったリプトンは、仕方ない、といった表情で背中のブレードに手をかけ、一気に真横に薙ぎ払った。
 その一撃で、馬車の屋根が吹き飛ぶ。そんな事をすると、余計に火勢が強くなる…はずなのだが、不思議な事に、火の手は逆に弱まっていた。その間にリプトンは馬車に飛び乗り、荷物を両手に掴むと、一気に反対側に飛び出した。直後、馬車は豪快に燃え上がった。
「わ〜いっ、あたしの荷物〜♪」
 無邪気に喜ぶラティを尻目に、リプトンは私に食ってかかった。
「フォートぉ、お前、また魔法失敗したなぁ?」
「失礼な、失敗なんてしてませんよ」
「じゃあ、コレも計算のうちだったってのかぁ?」
 後ろ手に燃え上がる馬車を指差しながら、なおも言い募る。
「そんな…あれは不可抗力ですよ」
「その不可抗力で、今までに何台の馬車を壊したんだ?」
「え〜? 壊した馬車って、この前のやつだけじゃなかったの〜?」
「だから、2人して私が故意に壊したような事を言わないで下さいよ」
 この熱い中、リプトンと私の口論は、いつ果てるとも無く延々と続いた。
 …ともかく、こういった経緯で、私たちは馬車を失ったのだ。


 ラティの目は確かなので、どうやらすぐに水にありつけるのは間違いない。もしその水場が無かったら、ルーンマインの街に到着するまで…最低でもあと3日以上は、この暑さに晒されて街道を歩く事になっただろう。想像しただけで汗が出る。
「ラティのヤツ、どこまで行ったんだ? 水場なんて全然見えて来ねぇぞ?」
 あれから3kmほど歩いてみても、まだ水場は見えてこなかった。
「確かに、元気よく駆けていった割には遠いですね」
「あいつ、目に見えたって勢いだけで飛び出していったのか?」
「それで3km保つってのも大したものですよ」
「そりゃそうだが…それ以上に、あいつにはもっと思慮深くなって欲しいな」
「…そうですね」
 普段のラティの行動を思い出し、私は思わず苦笑を漏らした。
「あんまり遠すぎて、途中でへたばってねぇだろうな…」
「それは…」
 ラティを弁護しようとして、途中で言葉が止まってしまう。充分ありうることだと思い至ってしまったからだ。
 折りしも陽はやや西に傾き…1日の中でも一番暑い時間帯に差し掛かっていた。辺り一面に陽炎が立ちのぼり、灼熱の街道の行く先では、いくら追いかけても逃げていく水溜りが、私たちを嘲笑うかのように姿を見せている。
 その水溜りを追って歩いていると…
 はふぅっ…
 私たちは、揃って溜息を吐いた。予想通り、ラティは途中で体力を使い果たし、倒れていたのだ。
 …ともかく、私たちは急いで駆け寄り、ラティを申し訳程度の日陰へと引き寄せる。
「うにゅ〜、水ぅ〜…」
「ホントに…しょうがない娘ですね」
 苦笑交じりに、私は残りわずかとなった薬草茶を取り出し、ラティの口に含ませた。冷たくは無い…むしろ、ぬるま湯に近い状態だったが、清涼感は充分に得られるだろう。頬を軽く叩いて気付けすると、ラティは程なくして意識を取り戻した。
「う…あれ、フォート?」
「…大丈夫みたいですね」
 多分、軽い熱射病だろう。脱水症状にかかっていないとも言い切れない。あまり動かさない方がいいが、ここに置いていくわけにもいかない。
「あ、あたし…水…」
「おっと」
 それでも動こうとするラティを、リプトンが首根っこを掴んで引き戻す。
「なによ〜、リプトン〜」
「お前は少し静かにしてろ」
「う〜…」
 恨みがましい視線をリプトンに向けるが、それも今は少し頼りない。
「ラティ、ここから水場まで、あとどのくらいですか?」
「ん〜…2kmほど…かなぁ?」
「今の状態で2km動くのは無謀ですよ」
「う〜…」
「ラティは道案内、いいですね?」
「…うん」
 今度はラティも大人しく聞いてくれた。
「そこまではリプトンに背中を貸してもらいなさい」
「待て、俺が運ぶのか?」
「ラティは軽いですけど、体力的にみてもこれはリプトンの仕事ですよ」
「軽いんだったら、別にフォートが運んでもいいだろう」
「リプトン…これの重さ、知らない訳じゃないでしょう?」
 私は、今も背負っているバックパックを指差しながら言った。もちろん、中の魔道書のことを言っているのだ。1冊でも持ち運びに不便するというのに、それが6冊もあるのだ。魔法使いの中でも、平均をはるかに上回る体力を持っている自信はあったが、この上人を1人担ぐほどの体力までは持ち合わせていない。
「あ〜もう、しょうがねぇなぁ」
 リプトンはいかにも仕方なく、といった風にラティを背負った。もちろん、その態度が本心でないことなど、ラティも私も充分に承知している。
「さて…行きますか。ラティ、方向は?」
「ん〜…あっち」
 ラティが指が差す方向…街道からは少し外れた方向へと、私たちはゆっくりと歩き始めた。未だ衰えることの無い、この暑さの中を。






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