East End extra
- 幕間3 : 水元先生の日常(後編) -

1日中取材ってのも、結構疲れるものね。
まあ、あたしにとってはいいこと尽くめだったけど。
でも………長谷川雅人、覚えてろよ!
(東高校22HR・夏目柚葉の取材日誌より)







 3限目の終わりを告げる鐘が鳴った。
 今日は授業が午前中のみで、帰りのHRが終わると、これから特に学校に用事の無い者は、吸い込まれるように校門へ、部活動に励む者などは購買や学食へと、それぞれ足を動かしていた。
 そして…
 水元先生とあたしも、多分に漏れず、学食でランチを摂っているところだった。
 水元先生は例によって天そば。あたしも、今日は水元先生に付き合って天そば。もちろん、水元先生のおごり♪
 あたしは天そばを口に運びながらも、質問を投げかけていた。
「なんだか…2限目と3限目は、割とおとなしめの授業でしたね?」
「1限目を騒がしくしたのは、誰の仕業だったかな?」
「え〜っと……」
 水元先生が調子に乗ってポーズなんか取るから…なんて言える訳が無い。そのきっかけを作ったのはあたしだし、その後の騒ぎは…
「ナギハラ…そう、ナギハラですよっ! あいつがあたしの髪引っ張るから…」
 そもそも、あたしが騒がなければならなかったのは、全部ナギハラのせいなのよっ!
 でも、あたしがそう騒ぎ立てたのを、
「しかしあれは、夏目が引いた椅子と薙原の机が、偶然夏目の髪を挟んだだけだったんだがなぁ…」
 水元先生はやんわりと否定した。
「………そうなんですか?」
 絶対にナギハラの仕業だと思ってたのに…水元先生がそう言うとなると、あれはあたしの勘違いってこと?
「何か誤解があるようだが…薙原はあれで、授業中はマトモなんだぞ?」
 真面目なナギハラなんて…想像つく訳無いじゃないのっ!
「…まあ、想像できないだろうがな」
 思わず「想像できません」って言いかけたのをぐっとこらえて、あたしは話を変えることにした。
「ところで水元先生、さっきのは何だったんですか?」
「ん? 何がだ?」
 その質問に、水元先生は呑気に天そばをすすりながら、やっぱり呑気そうに答えた。
「ナギハラにタンカ切ってたじゃないですか?」
 そう、それは帰りのHRでの事だった。水元先生が、帰りの挨拶を告げる時、こんなやりとりがあった…

「…では、これでHRは終わりだ。みんな、気をつけて帰れよ。ああ、それから…」
 と、ここで水元先生は急にナギハラの方に向き直ってびしっと指をさし、
「ふふふ…薙原、2時にいつものところだ。覚悟しておけよ」
 不敵な笑いと共に宣言したのだった。それに対して、
「…まだ言ってるんですか? 意外としつこいですね」
「そうでなくても手加減なんてしないくせに…」
 ナギハラは「まーいーですけど」って感じで、一方の水嶋くんは、心底困った様子でぼやいていた。

「…ってことが、あったじゃないですか?」
 と、あたしはレコーダーを巻き戻して、直接その内容を水元先生に聞かせた。
「ああ、あれか…うん、ちょっとした模擬戦だよ」
 …模擬戦?
「…何のですか?」
「うん、それはだな…」
 と、ここで水元先生は、なんだか悪戯っぽくニヤリと笑って、
「物理部らしく、手製ロボットでの対戦だ」
 と言い放った。その手をぐっと握り締めながら。
 ろ…ろぼっとぉ?
「水元先生、ロボットって…あの…?」
「ああ、多分夏目が想像してるようなのとは違うと思うぞ」
 あたしの考えを見透かしたように、水元先生が言った。
「まあ、実際のものを見れば解るだろう…どうせ、ついてくるんだろ?」
 水元先生はそこまで言うと、残りの天そばを一気にすすりこんだ。2時までそんなに時間が無いのに気がついて、あたしも慌てて残りを天そばをかき込んだ。


 2時ぴったり。
 あたしは水元先生に連れられて、東高校のグラウンドの片隅にあるハンドボールコートへとやってきていた。でも、今目の前にあるそれは、ハンドボールコートとは別のものに変貌していた。
 センターラインの上には、高さ2mの衝立(ついたて)が設えられて、相手の陣が見えないようになっている。更にサイドラインの上には、高さ50cmほどの壁が設置されていて、ハンドボールコートをぐるりと囲むような形になっている。そこだけ見れば、まるでアイスホッケーのコートみたいだ。
 その南側に水元先生が、北側にナギハラと水嶋くんがそれぞれ陣取って、その模擬戦とかの最終的なチェックをしていた。
「水元先生、これが…ロボットですか?」
「ん? ああ、そうだが…だから想像してるのとは違うって言っただろ?」
 そう、水元先生が手元で作業している件(くだん)のロボットとは、直径50cmくらいの半球状の物体だったのだ。
「あたしはてっきり…」
「人型してて、このゴールポストなんて簡単に曲げられて、目から怪光線を出して、挙句の果てに空を飛ぶとか、そういうのを想像していたか?」
 意地悪そうな目で言う水元先生に、それでもあたしは、
「え…ええ、まぁ…」
 半分図星だったので、そう言うしかなかった。でも、これがロボット…ねぇ?
 よく見ると、ナギハラたちのも、同じような形のロボットだ。
「あの〜…ロボットっていうと、こういうのが一般的なんですか?」
「ああ、そうだな…あの車会社が作ったのとか、中国で製作された人型ロボットなんかは、今の段階ではかなり特殊な部類だな。学生とかが作れるのは、せいぜいこのくらいのレベルのもんだろう」
 そうなんだ…覚えとこ。
 やがて作業が終わったらしく、水元先生も、ナギハラたちも、自陣のゴールエリア内にロボットを並べ始めた。
「いいか、ルールは今までと一緒だが…夏目もいることだし、念のためにもう一度確認しておくぞ」
 水元先生の説明を簡単に言うと、こういうルールになっているらしい。
 模擬戦は、ナギハラたちが作ったロボット5台と、水元先生が作り上げたロボット5台で行われる。試合の内容は、ハンドボールコートのセンターラインに等間隔に並べられた5つのハンドボールを、より多く相手のゴールに入れた方が勝ちというもの。
 本当のハンドボールの試合みたいに、所定の1台…ゴールキーパー以外のロボットは、ゴールエリア内に入ってはいけないらしい。
 でも、ここまでならば、普通のロボットコンテストと大した違いは無い。むしろ、これから先が模擬戦のすごいところらしい。
 1つ。ゴールエリアを除く自分たちのエリアには、2つまでなら、どんな仕掛けを施しても構わない。ただし、ゴールを塞ぐような仕掛けは認められない。
 1つ。ロボットは、ゴールを塞がない程度の大きさならば、そのサイズを問わない。
 1つ。相手のロボットを破壊・行動不能に陥れることは、これを許す。
 …って、随分過激なルールだなぁ。
「わぁ〜かってるって、水元先生」
 毎度確認されているのか、ナギハラがうんざりした様子で返事をした。
「では、始めるとするか…」
「あの、その前に水元先生!」
「ん? 何だ、夏目?」
 いつも通りの何気ない返事をする水元先生に、あたしは、両陣営の様子を交互に見比べながら、質問を浴びせ掛けた。
「いいんですか? ハンドボールコートをこんな風に改造しちゃって…」
「…夏目、私がハンドボール部の顧問も兼ねていることを知っているか?」
「……そうだったんですか?」
 知らなかった…
「それでな、ハンドボール部の活動状況だが…」
 …なんだか嫌な予感がした。
「10人全員が幽霊部員だ」
 ……やっぱり。
「今のところ、体育の授業カリキュラムにも、ハンドボールは入っていない。だから顧問の私が自由に使ったところで、何の問題もないのだよ」
 …その前に、よくハンドボールコート自体がつぶされないもんだ。
「夏目の疑問が解消したところで、今度こそ始めようか…夏目、そこの足元のレバーを下げてくれ」
「え…これですか?」
 言われるままに、あたしは真ん中の衝立の脇に立って、そこに設置されている…何とも仰々しいレバーを下げた。がこんっていう、何か重そうな音と共に、目の前にそびえ立っていた衝立がリフトアップする。1mくらい上がったところで、それは両陣営側に分かれて、屋根みたいにコートを覆っていった。
「…水元先生、これじゃ暗いですよ?」
「ふふふふふ…夏目、そのレバーをもう1段下げるんだ」
「こうですか?」
 あたしはまた言われた通りに、レバーをもう1段下げてみた。
 途端に、コート一面がライトアップされた。衝立の内側にライトが仕込んであったらしい。
「水元先生…こーいう仕掛け、好きですねぇ」
「ふふふ、伊達に物理教師やってないからな」
 いえ、あの…物理教師だからって、普通ここまではやらないと思うんですけど…
「…ん?」
 と、そこで水元先生が疑問の声を上げた。
「薙原に水嶋、ロボットが1台足りてないぞ?」
 そう、よく見てみると、水元先生の陣営にはちゃんと5台のロボットが並んでるのに、ナギハラ・水嶋陣営には、4台しか並んでない。
「残り1台の調整が微妙すぎて、ちょっと間に合わなかったんですよ。後から参加させるかもしれませんけど、いいですか?」
「その微妙すぎる調整ってのが気になるが…そういうことなら、それまで私も4台で相手しよう」
「やっぱり水元先生は話がわかるなぁ」
 水嶋くんがそうやって話をつけているところに、よせばいいのに、
「今だけはすっげー大人に見えるよな」
 と、ナギハラ。
「…何か言ったか、薙原?」
 ほら、聞きとがめられた。
「いえ、なんでもありません…それより、早く始めましょう」
「そうだな…おい夏目、そこのハンドボールを5つ、センターラインに並べてくれ」
 言われるままに、あたしは5つ転がっていたハンドボールを、センターラインに並べていった。等間隔に印が付けられていたので、置く場所はすぐにわかった。そして…
 それが合図だったように、あたしがハンドボールコートから出ると、両陣営のロボットが一斉に動き出した。
 水元先生が、真ん中の3つのボールに真っ直ぐロボットを向かわせたのは、あたしにも予想できていたけど、
「え?」
 ナギハラたちの動きは予想外だった。当然水元先生のロボットを阻止すると思っていたのに、ナギハラたちは、フリーになった両脇のボールにロボットを向かわせ、残る1台をゴールエリアぎりぎりにまで下がらせたからだ。
「ふふふ、守りに入るようでは、私には勝てないぞ!」
 水元先生はそのまま、ボールをキープしつつ、中央・右・左の3方向にロボットを大きく分かれさせた。これでは同時にシュートされれば、ナギハラたちはとても防ぎきれないに違いない。そんなピンチな状態の筈なのに…ナギハラは、例の不敵な笑みを浮かべていた。
 水元先生のロボットが、ゴールエリアの少し手前まで来た時、
「よし颯、作戦開始だ!」
「うんっ!」
 ナギハラたちの、ゴールエリア間際まで下がらせたロボットが動き出した。すぐに、真正面にやってきた水元先生のロボットと、ボールをはさんで対峙する格好になる。
 直後。
 その水元先生のロボットを、地面から現れた金網が捕らえ、行動不能に陥れた。
 …そーゆーのもありなの? 確かに反則じゃないけど…
 そのままナギハラたちのロボットは、フリーになったボールを敵陣に運び出した。
 でも当の水元先生は少しも慌てていなかった。残った両端のロボットで同時にシュートを放つ。さすがにこれは防ぎきれず、ナギハラたちは片方を止めるので精一杯だった。
「これで私が1点先取だな」
「でも水元先生、これってヤバイんじゃないですか?」
 1点先取したとはいえ、形勢はさっきと逆転している。まさに今、ナギハラたちのロボット2台が、ゴール手前で左右に展開しているところだった。さらに少し遅れて、センターラインあたりには、もう1台のナギハラたちのロボットが攻め込んできている。
 それでも…
「大丈夫、そのへんは抜かりは無い」
 言った水元先生は、やっぱり慌ててるような様子はなかった。それどころか、ナギハラたちのゴールキーパーが弾いたボールへと、2台のロボットを回していた。
「ふん、どう抜かり無いのか、見せてもらおう!」
 ナギハラたちは、ゴール前で左右に展開したロボットに、同時にシュートをさせた。とてもゴールキーパー1台だけでは防ぎきれないコースで、このままでは1点取り返されるのは間違いなかった。それでも水元先生は、余裕の笑みを浮かべて…
 2つのボールがゴールエリアに入ったそのとき、
「…今だっ!」
 水元先生が叫んで、手元のパネルを操作した。
 途端に、何かが唸るような音が聞こえた…ような気がした。
 その次の瞬間、ちょっと信じられないことが起こった。ゴールへと吸い込まれようとしていた2つのボールは、急にその勢いを失っていき…それはゴール直前で止まってしまった。
「な…何だっ、今のはっ?」
「ボールが勝手に止まったっ!?」
 驚きの声を上げたナギハラたちに、
「ふっ、薙原、水嶋…」
 水元先生は眼鏡を直しながら、得意そうに説明を始めた。
「お前ら4回も対戦してて、この模擬戦で使ってるボールが、僅かに磁力を帯びていることに気付かなかったのか?」
「なんだって? まさか水元先生…」
「ふふふ、その通り! コート側面に仕掛けたコイルを操作してゴールを防ぐ、《超電導リニアシステム》だっ!」
 数秒、静寂がハンドボールコート(改造済)を支配した。でもその静寂は、
「「ただの遊びに、そんなご大層なもの導入するなあぁぁぁっっっ!!!」」
 ナギハラたちによっていとも簡単に打ち砕かれた。
「何と言われようと構わんが、今は模擬戦に集中した方がいいぞ?」
「え? あっ…!」
 ナギハラたちが気付いたときにはすでに、水元先生のロボットが、2点目のシュートを決めていた。
「しまった、気を取られてるうちに…」
 2対0と、これで後が無くなったナギハラと水嶋くんの顔には、少し焦りの色が滲み出てきていた。
「うぁ、もう2対0だ…このままじゃ負けちゃうよ?」
「何とか取り返さないとな…」
「でもどうする、亨くん? これじゃあいくらシュートしてもゴールできないよ?」
「どうするったって、アレ、やるしかねぇだろ?」
「…やっぱりやるの?」
「それ以外に方法は無いだろ?」
 ナギハラは1人で話を決めると、水元先生に模擬戦の一時中断を申し出た。
「水元先生、予備の1台、投入していいですか?」
 そういえば、そんな事も言ってたなぁ…
「今からか? まあ、そういう約束だったから構わんが…」
「よし、許可が出たぞっ! やるんだ、颯っ!」
「大丈夫かなぁ…」
 なんだか気が進まない風に答えると、それでも水嶋くんは、ポケットから電卓みたいなのを取り出した。それを急いで操作すると、
「物理くん、始動っ!」
 高らかに宣言して、最後に何かボタンを押した。
 数瞬後…
 グラウンドをはさんで反対側にある北校舎の壁が、轟音と共に砕け散った。
「なっ…何が起こったのっ?!」
 あたしと水元先生だけじゃなく、グラウンドで活動していた運動系の部活の連中までもが、一斉にそっちを振り向き…そして、硬直した。それもそのはず、壊れた壁の向こうから現れ、一直線にハンドボールコートに向かってきたのは…
 …どう見ても、中に人が入ってるとしか思えない、ダンボール箱を寄せ集めて作ったハリボテ人形だったからだ。
「よしっ、始動成功だっ!」
「…やってみるもんだねぇ」
 ナギハラは無理やりって感じで水嶋くんの手を取り上げ、でもすぐに水嶋くんもそれに気付いたのか、お互いに手を叩き合って喜んでいた。
「…おい、お前ら」
 やっと言葉をしぼり出したっていう感じで、水元先生が口を開いた。
「ん、何ですか?」
「あれ、中に森本でも入ってるんじゃないのか?」
「…そうか、そう言う手もあったな」
「亨くん、それじゃロボットじゃないよ」
 確かにそれだと、ただの着ぐるみでしかないけど…
「…水元先生、森本って…あの森本くんですか?」
「そう、うちのクラスの森本だ」
 入学して間もなく、4tトラックの突進を片手で、しかも鼻歌交じりに止めて見せたという逸話を持つ、冗談のような新入生のことは、学校中で知らない人は居ない。あたしもこの目で現場を見なければ、到底信じられなかった…もちろん学校中が知ってるのは、あたしがそれを報道したからだけど。
 それはともかく、コートに立ったそのダンボール箱の塊は、他のロボットとでは勿論のこと、その場に居合わせた誰と比べても異彩を放っていた。
「と、とりあえず私ももう1台参戦させるぞ」
 水元先生も、そのダンボール箱の塊に気圧されながらも、待機させておいた5台目のロボットを再稼動させた。
「まだ残っているボールは一度センターラインに戻して、ロボットは行動できるものだけをスタート位置に戻す…それで再開することにしよう。異存は無いな?」
 …いくら2点先取しているからとはいえ、ロボットの数では4対5だ。随分とナギハラたちに好条件な気がするけど、それが水元先生の余裕の表れなのだろうか?
「ふ、その余裕が命取りですよ、水元先生」
「だから亨くんってば…」
 うん、解る、解るぞ水嶋くん、その気持ち!
「では夏目、模擬戦続行の合図を頼む」
「え、あたしがですか?」
 いきなりのことに戸惑うあたしに、
「適当にコイントスしてくれればいい」
「そ、そういうことなら…」
 言われるままに、あたしは財布から10円玉を取り出した。水元先生とナギハラたちの準備が出来たのを確認してから、
「じゃあ、いきますよ」
 それを親指で軽く上に弾いた。
 軽く、それでいて長く尾を引く金属音の後に、硬貨特有の接地音が鳴り響く。それと時を同じくして、半球形のロボット6台と…ダンボール箱の塊が動き出した。
 とにかく目を引くのは、そのダンボール箱の塊だった。他のロボットのモーターがせわしく動く音と違って、ダンボールを踏みしめる『ぼすっ、ぼすっ』という音しか聞こえて来ない。でもその動きはやっぱりロボットっぽく、少しぎくしゃくしてる感じだ。
 …やっぱり、ホンモノのロボットなのかな?
 とか考えているうちに、そのダンボール箱の塊は、ボールをキープした水元先生のロボットへと向かっていた。ブロックされた形になった水元先生のロボットは、右へと向きを変えて、そのダンボール箱の塊を迂回しようと考えたらしい。けどそこに、
「よしっ、シュートだ物理くんっ!」
 水嶋くんが声を上げた。
 ダンボール箱の塊は足を振り上げ、勢いよくそれを振り下ろす…
 がしゃんっ!
「…がしゃんっ?」
 およそボールを蹴ったとは思えないその異音に、水嶋くんは眉をしかめ、次の瞬間…
「あああああっっっ!?」
「よし、よくやった颯っ!」
 言うまでも無く、ダンボール箱の塊が蹴飛ばしたのはボールではなく、その右隣にいた水元先生のロボットだった。それはコートの外壁を大きく超えて、場外へと転がっていった。まあ、あの状態だと、コート内で止まったとしても復帰は無理に違いない。
「ど、どうして?」
 当の水嶋くんは、ひどく動揺した様子だったけど、
「…あ、蹴り位置のオフセット調整が出来てなかった」
 原因は割とすぐに解明されたみたいだった。よく解らないけど…調整ミスらしい。水嶋くんは電卓もどきをひっくり返して、蓋を開けて何か調整を始めた。
「…これでよし、今度は大丈夫だ」
「颯、逆サイドだっ!」
 調整が終わったと同時に、ナギハラが的確に指示を出す。ナギハラが言う通り、ちょうどセンターラインあたりの右サイドには、ボールをキープしながら攻め込んでくる水元先生のロボットがいた。
「よしいけ、物理くんっ!」
 ダンボール箱の塊は、さっきと同じように、水元先生のロボットをブロックする。今度はキープしてるボールを奪うつもりらしく、
「そのボール、もらったぁっ!」
 ボールに向かって、再度足を振り下ろした。
 しかし…
 がっしゃぁ〜んっ!
「…え?」
 今度はボールの左側にいた水元先生のロボットを蹴り飛ばしていた。
「あああああっ、…ちゃんと調整した筈なのにぃっ?!」
「右に振りすぎたんじゃないのか? 半分戻してみたらどうだ?」
「うん、そのくらいが丁度いいみたいだけど…」
 言いながら、水嶋くんは申し訳無さそうな視線を向けたその先には…ちょっと頬をひくつかせた水元先生がいた。
「水嶋…お前、わざとじゃないだろうな?」
「そんな訳、ないですよぉ〜」
「でも相手ロボットの破壊は認められてるんだから、何も問題は無いですよね」
「そりゃそうだがなぁ…」
 わずか2分程度の間に2台のロボットを破壊されれば、水元先生じゃなくても、穏やかならざる心境にもなるだろう。
 なおもぶつくさ言っている水元先生を、済まなそうに見ている水嶋くんに、
「颯、んな事気にしてないで、シュートだ!」
「う、うん」
 ナギハラのひとことで気を取り直した水嶋くんは、フリーになったボールにダンボール箱の塊を向かわせた。そして三度大きく足を振り上げ…振り下ろされた足は、今度こそボールをしっかりと捉えていた。
 蹴り出されたボールは、そのまま宙を切り裂いて飛んでいき…ゴールの真ん中に深々と突き刺さった。
「よしっ、これでやっと1点だっ!」
「やったねっ!」
 初ゴールに、ナギハラたちは手を叩き合って喜んでいた。それはいいんだけど…
「水元先生、さっきのリニアシステムとかいうのはどうなったんですか?」
 さっきみたいにゴールを阻止できるのならば、今のシュートだって止められたんじゃないの?
「簡単な事だ、夏目柚葉」
 代わりに答えたのは、ナギハラだった。
「恐らく水元先生の作り上げた超電導リニアシステムっていうのは、ゴールエリアには仕掛けが出来ないという規定がある以上、側壁に仕掛けられたコイルのみで動作するシロモノにまず間違いない」
 …そういえば、そんな規定もあったような気がする。
「ならば、今みたいに側壁よりも高くシュートすれば、ボールはリニアシステムが作り出す磁界の影響を殆ど受けなくなるって訳だ。ついでに言えば、空中ならゴールキーパーも手出し出来ないから、シュートはあっけなく決まることになる」
 理論としては合ってるような気もするけど…
「水元先生、ホントにそんな単純なことで回避されちゃうものなんですか?」
「…むぅ、確かにその通りだ」
 水元先生は、あたしの質問に難しい顔で答えた。こりゃ、相当困ってるな…とかあたしが思った次の瞬間、
「だがしかしっ! そんな弱点を突いてくるだろうことは予想済みだっ!」
 水元先生は、『ぐっ』と握り拳を作って語ると、また何か手元のパネルを操作しだした。途端に低い振動が続き…
「ふふふ…これで宙に浮かせたシュートでも止めることができるぞ」
「…いや、確かに『外壁の高さを変えちゃいけない』なんてルールは無かったけどさぁ…」
 そう、水元先生は今、自陣側のコイルを仕込んだ外壁を、ゴールの高さまでせり上げてしまったのだ。あの外壁全体にコイルが埋まっているのなら、理論的にはさっきみたいなシュートでも止めてしまえることになる。んだけど…
「構うことはない…颯、思いっきりシュートしてやれっ!」
「そうだね」
 どういう訳か、ナギハラたちには余裕さえ感じられた。
「物理くん、思いっきりシュートだっ!」
 電卓もどきを操作した水嶋くんが、ダンボール箱の塊に命令を飛ばす。他のロボットからのパスを受け取ったダンボール箱の塊は、その場で大きく足を振り上げて…
 さっきとは比べ物にならないほどに速く、その足を振り下ろした!
 ボールはさっきよりも高い軌道を描いて、それでも的確にゴール目指して、しかもさっきよりも勢いよく飛んでいく。そこに…
「…くっ、超電導リニアシステム、出力120%だっ!」
 水元先生は、そのボールの勢いから、ゴール直前では止められないと直感したらしい。それでも果敢にもリニアシステムを作動させた。どうやら勢いだけ弱めて、キーパーでブロックするつもりらしい。
「と、亨くんっ、あれっ!」
「ウソだろ、あのシステムってそんなに出力高いのか?」
 ナギハラたちが驚いたのも無理はない。かなりの勢いで飛んできたボールが、ゴールエリアに入った途端、急激に失速したからだ。水元先生は余裕を持って、予測した落下地点にゴールキーパーを移動させかけた。その時…
「うぉっっ!!?」
 突然、水元先生の目の前のパネルが火を噴いた。
「しまった、オーバーロードかっ!?」
 …出力120%はやっぱりムチャしすぎだったのか。
「夏目っ、そこの消火器っ! 早くっ!!」
「は、はいっ!」
 あたしはその時、何故そこに都合よく置いてあるのかは深く考えずに、ハンドボールコートのコーナーに置いてあった消火器を掴むと、そのまま水元先生の方に放り投げた。
「って、ちょっと待てぇっ!」
 いきなり目の前に飛んできた消火器を避けきれず、水元先生は消火器もろとも、パネルの下に転がり落ちた。
「…あ」
 そして、水元先生が這い上がってくる間に、ボールは数回バウンドしながら、ゴールにきれいに収まっていた。
「夏目、お前なぁ…」
「すっ、済みませんっ!!」
 慌てて水元先生の側に駆け寄って、あたしは何遍も頭を下げていた。
「まあいい、消火は任せた…薙原、水嶋、模擬戦は続行だ!」
「え、まだやるんですか?」
「まだやるも何も…勝負の行方は終わってみないと解らないもんだぞ?」
「そ…そりゃそうですけど…」
 でもこれ、殆ど勝負決まってませんか?…って言いかけた言葉は飲み込んで、あたしは言われた通り、消火作業に移った。
「水元先生、妙に強気だね…まだ何か仕掛けでもあるのかな?」
「それは無いだろ。リニアシステムがあれだけ大掛かりだったんだから、他にまで手が回るとも思えないな」
「でも、相手は水元先生だよ?」
 どーいう意味だ、それは?
「あるか無いか分からないものを心配してても始まらん。こっちは物理くんで3点目を決めるだけだ」
「それもそうだね…じゃあ物理くん、最後のシュートだっ!」
 水嶋くんの掛け声と共に、ダンボール箱の塊は、もう一度その足を高く振り上げた。そして…その足が振り下ろされることのないまま、ダンボール箱の塊は、内側から盛大に煙をふき出した。
「ああっ、物理くんっ!?」
 水嶋くんが、慌てて立ち上がった。電卓もどきを必死で叩いてるけど、全然操作できないみたいだ。
「…やっぱりまだ長時間の稼動は無理だったのか」
「って亨くんっ、前っ!」
 ナギハラたち側のゴールエリアぎりぎりのところには、いつの間にか、ノーマークのままシュート体勢に入った水元先生のロボットがいた。
「なんのっ、1対1なら何とかなるっ!」
 急いでゴールキーパーを操作しにかかるナギハラに、
「それはどうかな?」
 水元先生は不敵に言い放って、最後に残ったそのロボットでシュートを繰り出した。
 ばしゅっ…!
 そんな妙に乾いた、軽くはじけるような音とともに、ボールは宙を舞った。それはナギハラたちのゴールキーパーを嘲笑うかのように上を飛び越し、綺麗にゴールへと吸い込まれていった。
「…やられた」
「…まさか、圧搾空気でボールを打ち出すなんてね」
 ナギハラたちは、決勝点を決められたのに、悔しいというよりも…何て言うか呆気に取られた感じだった。けど、それも数秒間だけのことで、2人はすぐに気を取り直していた。
「しかし颯、あのボディの中に、どうやったらあれだけ強力なエアコンプレッサーが入るんだろうな?」
「水元先生、変なコネ持ってるみたいだから、それじゃないの?」
 き、気になるじゃないの、そんな事言われるとっ!
「…コネはともかく、今日は私も少し危なかったな。これはいよいよ手が抜けなくなってきたな」
「いつも手加減なんてしてないじゃん」
 とかいうナギハラのツッコミに、水元先生は全く耳を貸していなかった。
「では、今日はこれで解散にしよう。お前ら、次はもっと強いの作ってくるんだぞ」
 一時周りを混乱に陥れたものの、水元先生とナギハラたちのロボット同士の対決は、こうして幕を閉じたのだった。


 聞きたいことがたくさんあったあたしは、模擬戦の後片付けが終わって職員室に着くなり、水元先生を質問攻めにしていた。
「…物理部って、いつもあんなことやってるんですか?」
「あれを始めたのはつい最近で、いつもって訳じゃない。さっきもちょっと言ってたが、まだこれで5回目だしな」
 …5回もあんな派手な騒ぎを?
「あいつらもだんだん凝ったものを作ってきてるから…先が楽しみだよ」
 先って…あの先に一体何があるんだ? そう思ったところで、あたしは一番の疑問をぶつけてみた。
「ところで、模擬戦って言ってましたけど…何を想定した模擬戦なんですか?」
「ほう、さすがは夏目だ。鋭いところに目をつけたな」
 …誰でも気になるんじゃないかな? あれだけの事するんだから、何かよほど特殊な事情があるに違いない。そう期待していたところに、水元先生から返ってきた言葉は、
「…だが、それは秘密だ」
 だった。秘密って…
「そう言われると余計知りたくなるんですが」
「うん、それでも秘密だ」
 どうあっても取り合わないつもりらしい。これは強制的にでも調べるしかないかと思ったとき、
「水元先生、ちょっといいですか?」
 突然背後から声がかかった。振り向くと、頭髪が何となく寂しくて痩身の先生…霜田教頭がそこに立っていた…って、何かあたしを気にしながら言ってるんだけど?
「ええ…あ、夏目はここで待ってろ」
 水元先生は「助かった」って感じであたしにそう言うと、霜田教頭の後について席を離れた。何か気になったあたしは、その白衣の裾に、気付かれないように素早く小型集音マイクを取り付けていた。
 水元先生たちが職員室の隣にある応接室へと入っていったのを見て、あたしはすぐに、レシーバにイヤフォンを取り付けた…すぐに声が耳に飛び込んでくる。
「水元先生、あの子どうにかならないんですか?」
「あの子って…夏目ですか?」
「もちろん、その夏目のことです」
 どうにかって、どーゆーことだ?
「どうにかって、取材ですからどうしようもないですよ…それに、校長が直々に取材許可を出したようですし…」
「あの子は放っておくと、余計な事まで探り出してしまうからねぇ…」
 …聞こえてるんだゾ、しっかりと。
「そこまで仰るなら、私は今日はこれで失礼することにしますよ…もう時間のようですからね」
 水元先生の言葉と重なって、午後5時の鐘が響き渡った。
 すぐに職員室に戻ってきた水元先生は、
「夏目、私は今日はもう帰宅するんだが…家まで大変だろうから、送ってやるぞ」
 開口一番にそう言った。
「え、いいんですか?」
「いいもなにも、そうしないと瑞穂ちゃんが後で恐いからなぁ」
「水元先生、もしかして…」
「ん、何だ?」
 愛妻家じゃなくて恐妻家なんですか? とか言いそうになったのを何とかこらえて、
「い、いえ…そういうことなら、お願いします」
 あたしは、ありがたくその申し出を受けることにした。

 そして帰りの車の中。
「水元先生、お願いしますよぉ」
「それも報道されるんだろ?」
「そりゃまあ、そうですけど」
「じゃあダメだ」
「な、何でですかっ?」
「それだと女子生徒を家に連れ込んだことになるだろ? そうなると今、色々と問題があってな…PTAとかうるさいんだよ」
 何だかもっともそうな理由だけど…
 それでも何度もお願いしてみたものの、やっぱり水元先生はご家庭での取材には、首を縦に振ってはくれなかった。
 『水元先生の日常』がテーマならば、必要不可欠な取材なんだけど…仕方ない、それはいつか違う形で必ず実行してやろうと、あたしはその時固く誓ったのだった。


 後日。
 あたしの目の前でデスクについていた放送部部長・長谷川雅人は、あたしが提出したレポートを紙飛行機でも飛ばすかのように投げ捨てて、言った。
「……没」
「っ! 没ってなによ、没ってっ!」
 瞬間的に血液が沸騰するのを感じたあたしは、それでも押さえ気味に抗議する。でも長谷川雅人は取り合わなかった。
「夏目くん、取材内容は『水元先生の日常』だったんだろ? でもこれは、水元先生に対するキミの情熱が綴られてるだけで、何もレポートできてない。使えるのは、せいぜい水元先生の自己紹介くらいだ…キミは本気でこれを報道するつもりだったのかい?」
 つまり…
「…書き直せって言うのかな?」
「取材の方向性すら間違ってるんじゃないのか?」
「長谷川雅人、あんた、また公欠取って取材からやり直せとでも言うつもり?」
「同じ取材で2度も公欠は取れないだろう。先生方も、いくらなんでもそこまでは許さないだろうからな」
「じゃあ、あたしにどうしろって言うの?」
 あたしは、震える腕を何とか抑えながら何とかそう言ったけど、
「公欠まで取って取材したんだから、『出来ませんでした』じゃ済まないだろう…プライベートで何とかしてくれたまえ…って、夏目くん?」
 それが限界だった。長谷川雅人がその後何を言っていたのか、完全に頭に血が上りきったあたしには、既に理解できていなかった。
「な、夏目くん、ちょっと…止めたまえ、なつ…うあああああああっ??!!!」
 気がついたときには、あたしは手にしたバールで、デスクに突っ伏した長谷川雅人にとどめの一撃を見舞っているところだった…
 荒く息をつきながら、あたしはバールを後ろに投げ捨てた。
 でも部長を務めるだけあって、長谷川雅人の指摘は的確なものがある。その長谷川雅人から没を喰らったとなると、あたしの主張がどうあれ、少なくともレポートは書き直さなければいけない。とはいえ、もう公欠は取れないとなると…
「仕方ない、取材内容から使える部分を拾い集めるしかないか…」
「まあ、頑張ってくれたまえ。キミのその手腕だけは買っているんだからね」
 あたしの独り言に、突っ伏した筈の長谷川雅人が、律儀にも返事をした。数秒前にバールで殴り倒された人間とはとても思えない、嫌味なほどに爽やか〜な笑顔がそこにはあった。
 …長谷川雅人、あんた不死身か?
 あたしは再び瞬時にバールを出すと、無条件で長谷川雅人を殴り倒していた。そして、また復活する前に、あたしは早々に部室を飛び出していた…




East End extra - "report about the unusual life of Dr.Minamoto" … end


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