East End episode 1
- 最終話 : 結成 -

自分でも、かなり悪知恵が働く方だと思う。
だが、これだけは確実に言える…
俺がどう足掻いても、水元先生にだけは敵いそうにない。
(東高校14HR・薙原 亨の事後録より)







 思いつく限りの後片付けをした。
 無線部室前で舞い上がった埃は、かなり広い範囲に飛び散っていた。多分、巨大蚊の羽が巻き込んで、遠くに運んだんだと思う。そのために、無線部室前どころか、実に北校舎4階のほぼ全体を掃き掃除しなければならなかった。
 かなり粘性が強いトリモチは、棒を振り回したくらいでは飛び散る事は無かった…けど、床とか壁に直接貼り付いた分は、剥がして回るしかなかった。北校舎の3階・西ホールと、2階・東ホールが特に酷かった…
 化学実験室と西の渡り廊下の床、北校舎2階・東ホールの天井に、それぞれ突き刺さったバールを引き抜いて、その後に残った穴を埋めて回った。
 渡り廊下は、すこし回転させて隠すことで、その場は誤魔化した。
 化学実験室のは、その部分のタイルを張り替えただけで済んだ。
 天井だけは、今は応急処置として、板を打ち付けるしかなかった。目立たないようにするには、業者に頼むしかないらしい。
 なお、恐ろしい事に、回収したバールには全て、「放送部備品」と記されていた。
「…なんで放送部にバールなんて必要なんだろう?」
「しかも、3本も?」
 …謎は深まるばかりで、いくら考えてみても結論は出そうも無かった。仕方なくぼくたちは、片付けを再開した。
 充分な換気の後、北校舎2階・東ホールの窓には鍵を掛けた。
 気絶した2人を移動させた。蟻川先生は宿直室に、霜田教頭はとりあえず応接室に、それぞれ休ませておいた。

 ここまでの作業は、亨くんとぼく、それに水元先生の3人で済ませることになった。
 窪田先生はここ連日徹夜続きだったらしく、巨大な蚊だった霜田教頭を元の姿に戻すと、早々に眠りに落ちてしまっていた。お陰で、ぼくたちには窪田先生の移動っていう仕事が増えた。いい迷惑だ。
 夏目先輩はといえば、水元先生が早々に家に帰していた。これ以上遅くなるとさすがに危険で、家の人も心配する…とかいう名目だったけど、『これ以上コイツに面倒を起こされるのはゴメンだ』というのが本音らしい。
 全部が片付く頃には、もう真夜中といってもいい時間になってたけど、やるべきことが多いと、それが終わったときの達成感というか、開放感も大きく、そんなことはあんまり気にならなかった。
 その開放感を体全体で味わうためか、掃除で酷使した体をいたわるためか…まあ、どっちでもいいんだけど、図らずも、ぼくたちは一斉に伸びをしていた。ちょっとオヤジくさいけど、声まで漏らしてしまうというおまけつきだ。
「はーっ、やっと終わったぁっ!」
「あ〜あっ、もう終わっちまったよっ!」
 …ちょっと待て。
 ぼくの言葉に重なって発せられたその享くんのひとことで、伸びをしていた体が凍りついたように感じた。まるで、それまで体中を満たしていた何ともいえない開放感が、急ぎ足で逃げていったような気がした。
 …享くん、まだ暴れ足りないのか?
 ぼくが、自分でもそうと自覚できる、何とも珍妙なものを見るような目で享くんの方に目を向けると…
「あ〜っ、終わってしまったなぁ…」
 …水元先生までとんでもない事を言い出した。
 ぼくは反射的に、享くんに向けていたままの表情で、水元先生の方に振り返っていた。でも水元先生はそれにも気付かずに、何ていうか…目の前のオモチャを諦めきれない子供のような表情を浮かべていた。
 けれども、すぐにその表情は引っ込めて、やおらぼくたちの方に向き直り…その表情こそ真剣だったものの、内容はこうだった。
「今日の宿直の暇潰しにやる筈だった作業なのに、お前らがみーんな済ませてしまった。私はこれから、どうやって暇を潰せばいいんだ?」
「どうやってって言われましても…」
 返答に窮していると、水元先生は何事も無かったかのように話を続けた。
「まあ、それは置いといて…お前らの今日の活躍ぶりには、目を見張るものがあった。正直言って驚いたぞ…そこで、だ!」
 何だか、イヤな予感がした。
 それは亨くんも同じだったらしく、ぼくよりも先に口を開いていた。
「…まさか、物理部に入れってんじゃないでしょうね?」
「厳密に言うと違うんだが、おおむねその通りだ」
 …何か引っ掛かる言い方だとは思ったけど、それを問いただすよりも、前から気になっていた質問が口をつく方が先だった。
「…物理部って、そんなに入部希望者少ないんですか?」
「自慢じゃないが、6月にもなって未だにゼロだ」
 …そりゃ、確かに自慢にもならない。ちょっと呆れ返って言葉を失ったところに、享くんが口を挟んだ。
「それでしつこく勧誘するってのは、夏目柚葉にも似たものを感じますが?」
「夏目よりは穏やかだろう?」
「そりゃそうですが…ところで、『厳密に言うと違う』ってのは、どういう事なんですか?」
「ああ、それはだなぁ…」
 よくぞ訊いてくれたと言わんばかりの口調だ。
「校内でイタズラする時にな、アシスタントが欲しかったんだが…」
「…イタズラですか?」
「そう、イタズラだ」
 悪びれもせず、水元先生は、冗談のようなことを真顔で言ってくれた。
「あの渡り廊下みたいな、ですか?」
「そう、ああいったヤツだ…なんだ、知ってたのか?」
「…あんな凝った仕掛け作るのは、学校中探しても水元先生しかいませんよ」
 憮然とした口調の享くんの言葉を、しかし水元先生は褒め言葉とでも取ったらしい。更に気を良くして言った言葉がこれだった。
「なかなか面白かっただろう?」
「「んな訳ないですっ!」」
 ぼくたちは殆ど反射神経で、力いっぱい答えていた。同時に、殆ど全身で息をするほどの疲労感が襲ってくる。
 それでも何とか気を取り直して、享くんは果敢にも質問を続けていた。
「…まあ、自分が引っ掛かるんじゃなければ面白いですが…水元先生?」
「何だ?」
「学校をからくり屋敷にでもするつもりですか?」
「…それも面白いな」
 そんな学校は、出来れば遠慮したい。
「それで、そのアシスタントと物理部がどういう関係があるんですか?」
「それなんだがな…『アシスタントを欲しい』なんて言ったところで、学校側が『はいそうですか』って認めてくれる訳が無いだろう」
「…まあ、そうでしょうねぇ」
 そもそも、校舎にイタズラするって時点で、間違いなくその申請は撥ね返されると思う。でもイタズラって言わなきゃいいんだから…
「…授業のアシスタントが欲しいって言ったらどうなんですか?」
「それは『日直を使え』って言われるのがオチだろう」
 …そりゃそうだ。そのための日替わり当番なんだから。
「だから、名目上は物理部に入部ってことにするんだ」
「…なるほど」
 そういう事なら、話は解らなくも無い。けどさ…
「今居る物理部員をアシスタントにするってのは、ダメなんですか?」
 と、当然過ぎる質問を、ぼくは口にした。
「今の部員にはなぁ…何かこう、情熱が足りないというか…私の創作意欲に訴えかけるものが無いんだよ」
 …あんな大掛かりな仕掛けを作っといて、創作意欲が湧かないも何もないもんだ。もちろん水元先生は、ぼくがそんなことを思ってるなんて露知らず、話し続ける。
「そこをいくと、お前ら2人は別格だ…逸材と言ってもいい」
 …そのセリフも、夏目先輩にそっくりだ。
「それで、どうだ?」
 と、水元先生は、再び打診を打ってきた。ここで諦めるつもりはさらさら無いらしい。ますますもって、夏目先輩とイメージが重なってきた。
 これはどうしたものか、って思って横を見ると…享くんは腕を組んで何かを考えている風だった。でも、すぐにその腕組みは解かれた。
 享くんは、水元先生を真っ直ぐに見据えて…
「そのアシスタントってのは面白そうなんですが、俺たちが物理部に入るメリットはあるんですか?」
 …交渉に入り始めた。でもちょっと待て。
「俺たちって…それ、ひょっとしてぼくも入ってる?」
 でも、ぼくのその質問への回答は、「何を今更?」とでも言いたげな視線だけだった…つまり、入っているらしい。
「物理に限っては、解らないところを特別に教えてあげられるぞ?」
「それは別にメリットじゃないですね」
 それは確かに、享くんの言う通りだ。
 別に物理部員じゃなくても、解らないところは訊けばいいんだし。
「兼部は基本的に禁止だから、夏目にこれ以上追いかけられる心配がなくなるぞ?」
「…それは…いいですね」
 それ、ぼくには関係ないんだけど…
「あと…これが一番重要なんだが」
 ちょっともったいぶってから、水元先生は切り出した。
「お前ら、今日みたいな事をするの、好きだろ?」
「そりゃあもうっ!」
 いや…そんな力んで言われても…
 しかも、またぼくも仲間に入ってるし…
「そういう事件が起きた場合、お前らには優先的にその調査権を与えよう」
「優先的にですか?」
 享くんの目が、怪しげに光った。
「それは、具体的に言うと、どれくらい強い権限なんですか?」
「そうだな…まず、放送部突撃レポート班よりは確実に上だ」
「ふっふっふっ…」
 途端に、享くんから無気味な笑い声が零れる。ついでに言うと、その目には、更に怪しい光が宿っている。
 …絶対、ろくでもないこと考えてるっ!
「そうか、夏目柚葉を出し抜けるのか…ふふふふふ…」
 やっぱりだよ…って、ちょっと待てよ?
「先生、さっきから夏目先輩のことばっかり出てくるんですけど…イタズラを仕掛けるのが目的じゃなかったんですか?」
「何を言う、水嶋。夏目を出し抜くのだって立派なイタズラの一環だぞ?」
「いや、それはイタズラじゃなくて嫌がらせなのでは…?」
「ところが、そうでもないんだよ」
 そう言って、水元先生はニヤッと笑って見せた。その表情は言ってみれば…享くんが悪巧みするときに浮かべる笑み、まさにそのものだった。
「あのな、水嶋」
 何か底知れぬ不気味さを感じながらも、それでもぼくは返事をした…しなければならない状況だと感じた。
「…何ですか?」
「今日みたいな事件が、どのくらいの頻度で起こってるか、知ってるか?」
「どのくらいって…まさか、これが初めてじゃないんですか?」
 ぼくの問いかけに、「ああ、やっぱり知らなかったか」って顔をしながら、水元先生は指を2本突き出して、答えた。
「おおよそ…ふた月に1回だ」
「そんなにですか?」
 そのあまりもの頻度の高さに、驚かずにはいられなかった。けど、それは次のひとことで粉砕された。
「違うだろ、水嶋…たったそれだけ、だ」
 …待て。
「それだけしか無いのにだぞ? その度に、夏目の『取材』と称する破壊行為に邪魔されて、私が事件を調査できない…それじゃあ、学校に来る楽しみが半分以下になるだろう?」
「先生の楽しみって一体…」
 こういう先生だって解っていた筈なのに、改めて確認したその非常識さに、ぼくは頭を抱えていた。
 しかし、そんなぼくの苦悩を他所に、水元先生は1人で話を進めていた。
「さて…薙原はやる気満々みたいだから…水嶋、お前も当然やるよな?」
「…何故ぼくまでっ?」
「何故ってお前…ここまで聞いといて、やらないって事はないだろう?」
「…ぼくに決定権ってものは無いんですかっ?」
「無い」
「そんな…?!」
 抗議しかけたところに、今度は享くんが畳み掛ける。
「何だよ颯、こんなに条件が良いのに、乗らない手はないぞ?」
「だから、ぼくにとって条件が良い訳じゃないでしょ?」
「何だ、水嶋に良い条件があればいいのか?」
 それを早く言えとでも言いたげな口調で、水元先生が答えた。
「それなら…お前、よく学校の中の鍵をこじ開けるだろ?」
「何で知ってるんですかっ?…あわわわわ」
 ぼくはつい、つられて答えてしまった。それに気付いて慌てて口を押さえたけど、もう遅い。
「それをある程度公認にしてやろう」
「ある程度って…どのくらいですか?」
 公認にしてもいいのか? とか思いつつも、つい訊いてしまう。
「そうだな…校舎の屋上とか…」
「あ、それもうやってます」
「…っ、享くんっ!」
 横から不意に挟まれた享くんのその返事に、ぼくは軽いパニックに陥り、再び慌てふためくことしか出来なかった…もちろん、もうフォローは不可能だった。
「何だ、じゃあ、もう決まりじゃないか」
「…何がですか?」
「アシスタント、やってくれるんだろ?」
 水元先生は軽く言ってくれたけど、何かそこには、得体の知れない強制力があって…
「…わかりました」
 ぼくには、従うことしか出来なかった…
 しかしぼくは、その強引な勧誘に対して暗澹たる気持ちになりながらも…それでいて、これからそこで起こるかもしれない…いや、必ず起こるであろう何かに期待感を抱いていたのを、微かに感じていた…

 ともかく。
 こうして、水元先生の直轄として、前代未聞のイタズラ専門組織『物理部・特殊工作班』がここに誕生した。


 後日談・その1。
 余談ではあるが…結局レンタルCDを返し損ねたぼくは、翌日、泣く泣く延滞料金を払いに行く羽目になった。
「…ドジだな、お前も」
「巻き込んだのは享くんだよ?!」
「喜んでついてきたのはお前だったよな」
「……」
 …やっぱり、ぼくは享くんにはどうやっても勝てそうに無い。


 後日談・その2。
 学食に並ぶテーブルのうち1つを占拠する4人の姿が、そこにはあった。
「何であんたたちが一緒にいるのよっ?」
 学食の中では比較的まともなメニューである、ハーブチキンセットを目の前にして、夏目先輩は不機嫌そうに…いや、不機嫌に、享くんを睨んでいた。
 しかし、享くんは何食わぬ顔でA定食をつつきながら言った。
「俺たちだってあの時、食事おごってもらう約束してたもんな、颯?」
「まー、ぼくはおまけだけどね」
 ぼくも相槌を打ちながら、同じくA定食にとりかかっている。
 そんなぼくたちを、呑気に天そばをすすりながら見ていた水元先生は、私に悪気はありませんみたいな飄々とした表情で口を開いた。
「何だ夏目、こいつらと一緒だと何かまずいことでもあるのか?」
「そんなこと…ないですけど…
 夏目先輩は、結局食事が終わるまで、機嫌が悪いような、それでいて嬉しいような…そんな複雑な表情を消す事が無かった。




East End episode 1 - "the MAD chemist and FUNNY creature" … end


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