East End episode 1
- 第9話 : 捕獲作戦 -

狂気の発明が迎えるのは、決まって不幸な結末だ。
でも、その結末が、別の狂気の発明によってもたらされたら…
その先に待っている結末は…?
(東高校14HR・水嶋 颯の事後録より)







「それで…その分離剤っていうのは完成しているんですか?」
 例によってマイクを突きつけながら、夏目先輩は意外と的確な質問をしていた。
「そうですよ、早く分離しないと教頭が元に戻らなくなるって言ったのは、窪田先生ですよ? 化学実験室を封鎖するなんていう面倒な事も、そのためにしたんですからね」
 水元先生も、質問だか苦労話だかよくわからないことを言っていた。
「…あれ? じゃあ、ここの南京錠取り付けたのって、水元先生なんですか?」
「そうだが…薙原、それがどうかしたか?」
「いえ、さっき夏目柚葉を止めていたときに気がつきまして。前は付いてなかったな〜、なんてね」
「封鎖を宣言した以上、施錠くらいしておかないと、興味本位で中を覗くヤツが多いだろう?」
「じゃあ、施錠してもムダだったんですね」
「…夏目は特殊だからな」
 亨くんのキツイ言葉も、水元先生にかかればこれだけで済んでしまうらしい。
 ともかく、これでピッキング防止タイプの南京錠が付いていた事は納得がいった。
 …でも、後からよく考えれば、そんな凝った事をするのは水元先生以外には考えられないじゃないか。
 と、そこに、
「オホンッ!」
 咳払いが1つ。
 亨くんの横槍に完全に無視される形になったから、機嫌を損ねているんだろうけど、
「窪田先生、…風邪ですか?」
 水元先生は何も気にした様子もなく、しれっと言ってくれた。
「こんな時期に風邪なんかひくわけないだろう」
「冗談ですよ。…それで、分離剤は完成したわけですね?」
「…なぜわかった?」
「その自慢げな表情を見ていれば、なんとなく」
「……」
 窪田先生は二の句を告げないでいる。
 今まで気付かなかったけど、水元先生って、亨くんに似てる…いや、もしかしたら亨くんよりタチが悪いかも…
 そんな先生たちのやりとりを聞いている横で、
「なんだ、出来てるのか」
 亨くんは、小声でぼやいてみせる。
「亨くん…そんなつまらなそうに言わなくても…」
「これでまだ出来てなかったら、もうちょっと遊べたんだが…」
「薙原はそれで構わんかもしれないが、さすがに遊んでばかりいられる状況でもないだろう」
 まだ暴れ足りないような亨くんに、水元先生がたしなめるような口調で応える。けど…
「よし、今度学食おごるから今日のところは協力してくれ」
「分かりました、約束ですよ」
 …違う…何かが違う。
 そんなぼくの心境を他所に、すっかり乗り気になった亨くんは、積極的に話を進め始めた。
「じゃあ窪田先生、その分離剤ってのをあの巨大な蚊にぶっかければ、教頭は元に戻るんですね?」
「そんなに事は簡単じゃないんだよ」
 ちょっと意外な言葉が、窪田先生から流れ出る。
「…どういうことです?」
「ちょっとそこで待っていろ」
 水元先生の問いかけにそう答えながら、窪田先生は化学準備室へと踵を返して…
 戻ってきたときにはその手に試験管を1本持っていた。コルク栓で蓋がしてあって、中には…何ともいえない毒々しい色の液体が入っている。
「これが、その分離剤だ」
「その分離剤に…何か問題でもあるんですか?」
「これだけしかないんだよ」
 何にも悪びれた風も無く、窪田先生は言ってのけた。
「…つまり、避けられたらもう予備が無いってことですか?」
「予備が無いというのは正解だが、それだけじゃない」
 亨くんの問いかけに答えて、ちょっと勿体をつけてから…
「こいつは体内に注入するものなんだよ」
 なんだかとんでもない事を言ってくれた。
「つまり…取り押さえろってことですか?」
「そりゃ確かに人数が要るよなぁ」
 ぼくと享くんが揃ってぼやいた。それから亨くんは、思い出したかのように言葉を継ぐ。
「…でも、みんなで一斉にかかっても、押さえ込むのは難しいですよ?」
 う〜ん…確かにあれだけ動きが速いと、取り押さえる前に逃げられるに違いない。でも、そんな割と的確そうな指摘を受けても、窪田先生はたじろがない。むしろ、自信満々な感じで言い放つ。
「ふふふふ、こんな事もあろうかと、あるモノを用意してあるんだよ」
「なんでこんな非常識な事態を予期してるんですか?」
「うっ…」
 かなりもっともな亨くんの質問に、窪田先生は一瞬息を詰まらせた。けど、何事も無かったように振舞うことに決め込んだようだ。
「…いずれ、君とはじっくりと話し合う必要があるようだな」
「体よく誤魔化したつもりですか?」
「それはともかく、そのあるモノを見せよう。ついてきたまえ」
 亨くんの相手をするのは得策でないと判断したのか、窪田先生は1人で話を進め、化学準備室へと歩いていった。ちょっと気の毒に思いながらも、ぼくたちも後に続く。
 化学準備室っていうのは、化学系の教師が集まる部屋で、要するに各教科ごとにある研究室みたいなものだ。ただ、試薬管理庫を兼ねていたり、特殊な実験器具が用意されてたりすることから準備室と呼ばれているらしい。
 中に入ってみて…ここでも言葉を失った。
 机…棚…床…、どこを見ても、物が乱雑に散らばっている。
 …もしかしたら、教師っていうのは整理の下手な人種なのか? それともたまたまそういうところばかり見てしまっているとか?
 そんなことを考えていると、ナゼか1つだけ据えつけられている大きな作業台の向こうから声がかかった。
「君たちに見せたかったのは、これなんだよ」
 窪田先生が何だか得意げに指差して見せたその先には、床に直接置かれている巨大なビーカーだった。
 …いや、ビーカーっていうよりも、瓶だろ、これは。
 ともかく、中にはやたら粘性がありそうな白濁色の液体が、これでもかってくらいに湛えられていた。
「窪田先生、これは…?」
「見て判らんのかね? トリモチだよ」
 何だか嫌な予感がして訊いてみたぼくへの答えは、予想通りのものだった。
「あのぉ…これをぶちまけたところで、やっぱり蚊は逃げるんじゃないですか?」
「はっはっは、いくらなんでもこのままでは使わんよ」
 言ってから、傍らにあった2mほどの棒を手にとって…
「こうするんだ」
 先端50cmほどに、たっぷりとトリモチを付けてみせた。
 …何だか、かえって捕まえにくくなったような気がするのは気のせいか?
「君たちは、これでうまく教頭を追い立ててくれたまえ」
「追い立てるったって…」
「二手に分かれて挟み撃ちってことですね?」
 どうすれば、って言う前に、享くんがそれに答える。
「そうだ。私たちはこの上…2階のホールで待機することにする。うまくそこに教頭を誘導してくれたまえ」
「途中で捕まえちゃったらどうするんですか?」
「それはそれで全く問題ない」
 …そりゃそうだ。
「他に問題が無いのなら、早速作戦に移ってくれたまえ」
 窪田先生からトリモチ棒を受け取って、ぼくたち3人は化学実験室から飛び出した。亨くんはともかく、夏目先輩がかなり乗り気なのがすごく不気味だけど…気にするのは後にしよう。
「ナギハラ、あの蚊がどこにいるか分かってるの?」
「颯、どこだと思う?」
「外に出るってのは考えにくいよね?」
「そうだな」
「そうすると、あれだけの巨体が紛れ込める場所で、しかも逃げやすい場所か」
「…んなところ、あったか?」
 ぼくはちょっと考えて…1つだけそんな場所があることに気がついた。
「…無線部前のガラクタ置き場」
「…確かに、逃げ込む前から何か棲んでそうな場所だな」
「…あんたたち、何でそんな事知ってるのよ?」
 とりあえず、夏目先輩の追求は無視して、屋上へと駆け上る。
 南校舎とは違って、北校舎の屋上に出る扉の隣には、何故か小さな部屋がある。なんでこんな場所にあるのか知らないけど、そこが無線部の部室だ。その部室前…言い換えれば屋上の扉の前には、踊り場を兼ねているのか、ちょっと開けた空間がある。
 屋上には殆ど人が来ないのをいいことに、そこには無線部のガラクタが山積みにされていた。
「…これじゃあ、何か居ても分かんないねぇ?」
「それなら突付き出すか」
 言うなり、享くんはトリモチ棒の反対側で、ガラクタの山を思いっきり突付いた…でも、何かが出てくるような様子は無い。
「う〜ん…ここには居ないのかなぁ?」
「もう一度突付いてみようか」
 言葉と同時に、更にガラクタの山を突付くと…
 ガラクタが崩れる大きな音とともに、何か巨大な影が飛び上がった。その羽ばたきに、ガラクタの山に長年積もっていたホコリが一気に舞い上がり、吹き付けてきた。
「うわっ!」
「ゲホッ…ひでぇっ、何だこりゃ!」
 たまらず咳き込むぼくたちの前を、巨大な蚊は悠々と飛び去っていく…
「ま…待て…ゲホッ…この野郎っ!」
 そんな享くんの叫びにも耳を貸す様子もなく、巨大な蚊はそのまま4階の廊下を西へと逃げていった。
「逃がすかよっ!」
 一声吼えながら、享くんは階段を駆け下りる。
「わっ、待ってよ享くんっ!」
「ナギハラ、待ちなさいよっ!」
 ぼくに続いて、夏目先輩も亨くんを追いかける…けど、それを亨くんの声が制止する。
「あんたは3階から回って逃げ道を塞いでおけ!」
「ちょっとナギハラっ?」
「颯、急げっ!」
 その声に応じて、ぼくは全速で階段を駆け下り、亨くんの後に続いた。
 夏目先輩はというと、『後で覚えてなさいよ』みたいな表情をしながら、3階へと駆け下りていった。






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