East End episode 1
- 第3話 : 屋上での攻防 -

実を言うと、非日常っていうのは、割と身近にあるんだ。
俺たちが、その存在に気がつかないだけで。
(東高校14HR・薙原 亨との会話より)







 東高校では、屋上は立ち入り禁止ってことになっている。
 見たところフェンスが張られている訳でもないので、”もし落ちたら大変だ”ってことなんだろうな。
 それに、屋上に出る扉には鍵が掛かっているから、生徒が屋上に出ることなんて、まず出来ない。鍵を持っていれば別なんだろうけど、特別な許可とかが無い限りは、鍵を持つことも無い。もちろん、特別な許可なんて、滅多に下りない。
 だから屋上は、ぼくと亨くんにとって特別な場所なんだ。
 …もちろんぼくだって、屋上の鍵なんて持ってないんだけど。
 ぼくが扉に近づくのを見て、亨くんは気を利かせたのか、ちょっと後ろに下がった。
 扉のノブを回してみて、まず鍵が掛かっているかどうか、確かめてみる。
 …やっぱり鍵は掛かっている。これでもし開いていたら、それはそれで問題だ。
 その場で膝をついて、鍵穴を覗き込んでいるところに、亨くんが後ろから声をかけてきた。
「しっかし、颯もヘンな特技もってるよなぁ」
「…そんなこと、亨くんに言われたくないよ」
 言い返しつつも、懐からピッキングツールを取り出して、手の中で弄ぶ。もちろん、これで弁当を食べるわけじゃない。
 ピッキングといえば、最近世間で騒ぎたてている、専門の道具で錠をこじ開けるアレのことだ。世の中物騒になったもんだ。
 …何でぼくがこんなものを持っているのかと言えば、断じて窃盗目的な訳じゃなくて、家が鍵と錠の店を経営しているからに他ならない。
 子供にピッキングの仕方を教えたり、ピッキングツールを持たせたりする父親っていうのもどうかと思うけど、こうして役に立っているんだから、それはそれでいい事にしておこう。
 ここの鍵はもう何度も開けているから、特に手間取ることも無い。今だって、開けるのに10秒とかからなかった。
「開いたよ」
 亨くんに告げて、ぼくは扉を開いた。
 屋上からの風が緩やかに吹き込んで、気持ちがいい。それだけで、午前中の授業で抑圧された気分から開放されるような気がした。
 屋上に出て、んっと伸びをする。今日3度目の伸びだ。
「やっぱ、屋上は気持ちがいいね〜」
「貸切だから、尚更気分がいいな」
「昼ごはん、昼ごはん♪」
「貸切だと、尚更美味いだろうな」
「…貸切にこだわるね」
「まあな」
 …まあな、じゃないって。
「今日はこの辺りで食べるか」
 亨くんが校舎の端のほうにある給水塔のところまで行って腰を下ろすのを見て、ぼくも駆け寄ってそれに倣う。
「いただきまーす」
 いかにも幸せそうに弁当の蓋を開ける(亨くんにはそう見えたらしい)と、いつもとあまり変り栄えのしないおかずが並んでいた。アスパラのベーコン巻き、出汁巻き卵、タコさんウィンナー、塩鮭、ポテトサラダ。でも、これだけあれば充分過ぎる。
「颯の弁当って、いつ見ても飽きないよな」
「至って普通の弁当だよ。亨くんの方がすごいって」
 亨くんのは、ご丁寧に竹の皮で包んだおにぎりが3つ。横に沢庵もついている。
「ごく普通の握り飯だと思うが?」
「亨くんのは、中身が問題なんだよ」
 そう、亨くんのおにぎりの中身は、ちょっと普通じゃない。この前なんか、中身がすきやきだった。しかも、1つ目は牛肉だけ、2つ目は焼き豆腐だけ、3つ目はしらたきだけ。しかもそれを、『む、やるな、母上』とか言って平気で食べている。
 他にも、中身がチャーハンだったとか、シューマイだったとか、数え上げればきりが無い。パイナップルが入ってたときには、さすがの亨くんも手をつけなかったみたいだけど。
「握り飯っていうのは、こういうもんだろ?」
「…絶対違うと思う」
 亨くんの家庭環境については、謎が深まるばかりだ。
「それよりさ、」
 ぼくは弁当をぱくつきながら、気になっていた話を切り出した。化学実験室に関係したことなのは間違いないと思うけど、一応訊いてみることにした。
「人に聞かれちゃまずい話って、何なの?」
「そう、それだ!」
 亨くんが急に活気付いた。ついでに言うと、『何かよからぬ事を企んでいます』って目つきをしている。
「実はだなぁ…」
「うん」
「化学実験室に潜入することにした」
「…はぁ?」
 予想していたこととはいえ、あまりにも直球なその言葉に、ぼくは今日何度目かの間抜けな返事をしてしまった。
「だから、化学実験室に潜入するんだよ。今日の放課後」
 律儀にも言い直してくれる亨くん。でもさぁ…
「放課後って…亨くん、朝早かったんだから、中に入る時間くらいあったんじゃないの?」
「もちろん、あったさ」
「それで、面白かったからもう一度行くの?今度はぼくを道連れにして?」
「いや、まだ中は見てない」
「…何で?」
「鍵が掛かってるんだよ」
 なんだか、イヤ〜な予感がした。
「…それって…つまり、ぼくに鍵を開けろって言ってるんだね?」
「なかなか察しがいいじゃないか」
 それが当たり前のような顔をして、亨くんは言ってのけた。
「で、でも、立ち入り禁止だって先生も言って…」
「颯」
「な…なに?」
 急に亨くんの口調がシリアスになって、ぼくは反射的に身構えた返事をした。
「化学実験室、何故立ち入り禁止になったんだと思う?」
 …そういえば、先生からは何の説明も無かった。…何でだろう?
「…なんでかなぁ?」
「気にならないか?」
「気にならなくも…ない」
 その返事に、亨くんは口元に笑みを浮かべた。
「だったら、確かめてみないとな」
「確かめるって…だ、だから、立ち入り禁止なんだってばっ!」
 言ったそのとき、亨くんがぼくの肩をわしっと掴んだ。
「いいか、颯」
「こ、今度は何っ?」
 殆ど叫びに近い声で、ぼくは答えた。こ…恐いよぉ。
「この化学実験室の件だけじゃない、全ての学校内の情報は、生徒に対してクリアじゃなきゃならない。そうだろう?」
「…それはそう思う」
 …突然、何を言い出すんだ?
「その観点から言えば、化学実験室の閉鎖にまつわる情報は、生徒に対して不当に隠蔽されたことになる」
「…そ、そうかなぁ?」
「生徒には知る権利がある。違うか?」
「そ…そうだけど…」
 何か、だんだんと話がそれているような気がするのは、気のせいか?
「でも、こんなことを言っても、学校側はまず取り合わないだろう」
「そうだろうね」
「だから、ここは敢えて強行突破するんだ」
「それは何か違うような気がするんだけど…」
 いろいろ理由をつけてみても、不法に進入することに変わりは無い。
「それに、こんな面白そうなネタ、放って置く手は無いだろう」
「…ちょっとまてぇ〜っ!結局それが本音かぃっ!」
 こじつけも、ここまで来れば立派なものだ。
 こんな風に言ってても、ぼくは亨くんのこの誘いを断りきれずにいた。ぼく自身、化学実験室の閉鎖には興味があったから。それでもぼくが踏み出せない理由は、『立ち入り禁止』のひとことに尽きる。でも…
 亨くんならば、その『立ち入り禁止』に対して、完璧なまでに反論できてしまうに違いない。そう考えているぼくも、同時にそこにいた。
 だからぼくは迷っていた。迷っていたから、こんなことを口走ってしまったのかもしれない。
「…面白いのかな、ホントに」
「面白いかどうかなんて、蓋を開けてみなきゃ分からないさ」
「そりゃそうだけど…」
「それにな、やる前からそんなこと言ってたら、面白いものも面白くなくなるぞ」
 そういうものなのかもしれないけど…
「もしここで、『やっぱりやらない』って言ったら、どうするの?」
「…どうもしない」
「…え?」
 意外な答えに、聞き返さずにはいられなかった。亨くんのことだから、絶対に『首に縄をつけてでも連れて行く』とか言いそうな気がしていたから。どうもしないって…
「そんな不思議そうな顔するなよ」
「だ…だって…」
「屋上に来る前から、俺が何を言い出すのか、だいたい想像ついてただろ?」
「う、うん。」
「俺は俺で、この話をしたときの颯の反応を予想していたからな」
「…ぼくの反応って?」
「さんざん躊躇ってから、やっぱりついてくるってことだ」
「…ははっ、そこまで読んでたわけね」
 まったく亨くんには恐れ入る。もうついていく意思があることすら、最初から読んでいたらしい。
「絶対にこの話に食いついて来るって思ってたからな。そうでなきゃ、こんな話持ち掛けねーよ」
「はぁっ」
 亨くんのその言葉に、ぼくは諦めと苦笑の混ざった溜息をついた。わざと聞こえるように、大きく。ぼくなりの「負け」の意思表示だった。
「…わかった、ぼくも付き合うよ」
 でも、ぼくもただ亨くんについていくだけってのも癪だったから、嫌味のひとつでも言って仕返ししておくことにした。
「…もしここで、ぼくがついて行かなかったら、亨くん、鍵ごと扉ぶち破ってでも中に入っていくだろうからね」
「…なんだ、分かってたのか」
 …精一杯の嫌味も、亨くんには通じなかったらしい。完全にぼくの負けだった。でも、それがなんとなく気持ちよかった。
 屋上を後にする頃には、立ち入り禁止のことはもう気にならなくなっていた。亨くんと話していたら、そんなことを気にするのが、何だかバカバカしいことに思えてきたから。

 余談ながら、今日の亨くんのおにぎりの中身は、プチトマトと紀州梅干丸ごととおにぎりだった。






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