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一度きりと考えた世界に、 一度きりと考えきれない自分がいる。
その中で自分の想いを葛藤させた事象は、 意味があり、意味が無く、曖昧でとても大切で……。
辛く都合の悪い連続に悲しみをおぼえた。
常用的な平凡を想い求めた。
平凡なる通常は当然であり、それを願う自分を哀れむ時間がある。
そういう内容を意とする言の葉を文字の形で聞きました。
一度きりと考えた世界に生きている自分がいて、 一度きりと考えなくても自分の意志をもった自分がいる。 一度きりと知っているから、一度きりと考えず、 一度きりと行動を起こすから、一度きりと跡が残る。
その中に自分がいるのではなく、そう想う自分が世界感をもっていて、 事象に反映させている事象に意味があり、 無意味と想う(価値観で判断してしまう)事が無意味であり、 曖昧だと(にしか答えが出ないと一般論で片付けてしまう)想いを抱き、 その複雑さを大切に想う自分がいる。
辛く都合の悪い解釈に連続的に考えてしまい、自己暗示で悲しみを創造していた。
一般象を自分の常識感で創造し、自分にバリエーションを収束させ、周期的な生活を求めていた。 求めながら異なる現実に嘆きで応えた。
それぞれの思想があり、出来事にそれぞれの解釈がある。
それぞれの解釈の意味、意義こそ、自分が選ぶべき自分の全てなのかもしれない。
どれが正しくあるのではなく、 納得いく自分にあれば選択し、なければ選択せず、創造されたなら作成する。
あなたにとって、大切な事象ほど、強くなるはず。 その意こそ大切なのかもしれない……。
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